INTERPRETATION

通訳は自分の天職?

上谷覚志

やりなおし!英語道場

今回は“むかしむかし〜”シリーズをちょっとお休みして先週出会った素敵な方の話をさせて頂きたいと思います。

フリーランス通訳という仕事柄、毎週いろいろな人に会います。ほとんどの方が自分の普段の生活では絶対に会えないような方ばかりです。通常、通訳が入るような場合、企業や技術的な機密情報を扱うことが多いので、お目にかかった方のお名前や場所をこういう場で話せないことの方が多いのですが、今回は企業機密に関わるような話ではないので是非お話させていただきたいと思います。

通訳にはIRというタイプの仕事があります。IRとはInvestor Relations(投資家向け広報活動)の略で、海外の投資家が企業を訪問し、その会社の業績や今後の戦略についての質疑応答を行うというものです。慣れればそれほど難しいものではありませんが、財務やその業界・企業に関するかなり突っ込んだ話になることもありますし、製造業から、金融、医薬、広告、ちょっと変わったところではパチンコまでの様々な分野をカバーしますので、ビジネス全般の知識を習得するためには非常にいい勉強になります。

さて先週IRの仕事でテンプスタッフサービスの創業者の篠原欣子(しのはらよしこ)さんの通訳を1日させていただきました。このコラムを読んでいる方でテンプスタッフを知らない方はいらっしゃらないと思いますが、創業者の篠原さんをご存知でない方は多いかもしれませんね。実はこの仕事までは私も存じ上げませんでした・・・。篠原さんは人材派遣制度がまだなかった34年前にテンプスタッフを創立され、現在では売上2000億を越える企業にまでテンプスタッフを育て上げられ、今でも代表取締役としてバリバリとご活躍されています。アメリカのフォーチュン誌による“世界最高の女性経営者”に2000年から7年連続で選出されるなど世界的にも成功を収めている方です。

普通こういう経歴と肩書きの方だとぴりぴりしていて、近づきがたい方なのではと思われると思いますが、実際には驚くほど気さくで素直で本当に素敵な方でした。人と人をつなぐ人材派遣の業界を開拓し、ご自身の企業だけではなく市場そのものもここまで成長させてこられたのは偏に篠原さんの人柄や、全ての人に対して母親のような気持ちで接してこられたことによるものだと少しお話をさせていただきよくわかりました。海外留学をされて、起業された経緯と自分のこれまでの人生とがオーバーラップする部分が多く、稀有な偶然も感じました。

今回1日の仕事の中でいろいろと創業当時の苦労話や仕事に対する哲学も伺うことができましたし、最近出版された“探そう、仕事の、歓びを(あさ出版)”という本も頂き早速読ませていただきました。1つの事に30年以上も愚直なまでに取り組んでこられた篠原さんだからこそ言えることがたくさんあると思いますが、篠原さんの著書から少し引用させていただきたいと思います。

“「きっとどこかに自分の適職があるはずだ」そう考えたい気持ちはよくわかります。幼い頃から憧れていた職業に就いて、仕事に邁進している友人が輝いて見えることもあるでしょう。でもそれは例外ではないでしょうか。私を含め多くの人は目の前の仕事に全力投球していくなかで、その仕事にひそむ独特のおもしろさや、やりがいを見つけていくのです。

もしあなたが迷いの渦中にあるのなら、まずは置かれた環境で、目の前の仕事に全力投球してみてはいかがでしょうか。「隣の芝生は青いけど、置かれた環境で一生懸命にやる」よく社員にこう言うのですが、自分の経験かからにじみ出た言葉なんです。(本文より)”

“私もこの仕事を30年以上続けてきた今、ようやく「これが私の天職です」と言えるようになりました。適職や天職って、長い道のりを振り返ったときに「ああ、地道に続けてきたこの仕事こそが、自分に合った仕事だったんだ。探して求めてきた自分の天職だったんだな」としみじみ思うものではないでしょうか。(本文より)”

誰しも、今やっていることが無駄に感じて、もっと自分に合った仕事がどこかにあるんじゃないのかと人生の中で1度や2度頭をよぎったことはあると思います。私の場合、1度や2度どころか、何度通訳を辞めようと思ったことか!本当に通訳を始めた頃は、自分のスキル不足を大きな棚にあげまくり、こんな仕事をするために勉強してきたんじゃないのにとか、チャンスさえもらえればもっと難しいこともできるはず・・・と考えたりして、こんな仕事を続けてどうなるのかとかいろいろと考えたこともありました。

仕事で自分よりも20年以上もキャリアの長い先輩通訳と組まして頂く機会も増えてきて、本当の仕事の醍醐味ってここまで続けてこないとわからないのかもしれないと思うようになってきました。特に通訳という仕事は若いから有利という仕事ではありませんし、いろいろな人生経験や通訳経験を積むことでしかだせない通訳があるのだとも考えるようになってきました。

今回篠原さんとお仕事をさせていただく機会を頂き、仕事とは地道にそして誠実に努力し、焦ることなく、奢ることなく前を向いて一歩一歩自分の歩幅で進んでいけば、いつの日かこれが自分の天職・適職だったんだと微笑み振り返ることができる日がくるのかもしれないと感じました。

みなさんはいかがですか?

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記事を書いた人

上谷覚志

大阪大学卒業後、オーストラリアのクイーンズランド大学通訳翻訳修士号とオーストラリア会議通訳者資格を同時に取得し帰国。その後IT、金融、TVショッピングの社での社内通訳を経て、現在フリーランス通訳としてIT,金融、法律を中心としたビジネス通訳として商談、セミナー等幅広い分野で活躍中。一方、予備校、通訳学校、大学でビジネス英語や通訳を20年以上教えてきのキャリアを持つ。2006 年にAccent on Communicationを設立し、通訳訓練法を使ったビジネス英語講座、TOEIC講座、通訳者養成講座を提供している。

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