INTERPRETATION

たかがサイトラ、されどサイトラ

上谷覚志

やりなおし!英語道場

私事で恐縮ですが、今週土曜日からAccent on Communicationの秋学期講座が始まります。今期から平日水曜のクラスも開講することにしました。今期も開講前に体験講座を何度か行いましたが、その時にちょっと意外だったことがありましたので、今日はその話をしたいと思います。

Accent on Communicationの体験講座では英日と日英授業それぞれ90分ずつ行います。それぞれサイトラをやって、逐次の演習を行っていきます。このコラムの第1回目に書いたように、私の授業ではサイトラにかなり重点を置いており、体験講座でも同じように最初にサイトラの説明と練習を行っていきます。参加者の中には以前通訳学校に通ったことのある方もいらっしゃいましたが、ほとんどの方は授業でサイトラをしなかったとおっしゃっていました。私がクイーンズランドで通訳訓練を受けていた時、授業で英日サイトラの時間がちゃんとありましたし、自分でもクラスメイトとペアで英日と日英のサイトラの練習をよくしていましたので、サイトラが通訳訓練に組み込まれていないことに少しびっくりしました。サイトラを知らなかったら、通訳にもなっていなかったし、今の自分の英語力までは行かなかったと思うので、本当にできるだけ多くの人にサイトラの訓練を取り入れてもらいたいと思います。

体験講座に来られた方のほとんどがこれまでサイトラをやったことがないのですから、実際に訳出をしてもらうとほとんどの方が英文解釈的な訳に走ってしまいます。この処理方法だと逐次のスピードを上げていくことはかなり困難ですし、場合によっては単語を想像に任せてこねくり回しているために、誤訳になっているケースもあります。やはり素直に話された(または書かれた)語順に従って情報を取っていき、最終的に訳を確定させるというプロセスを身に着けないと、“当たるも八卦当たらぬも八卦“的な訳になってしまいます。少し時間のかかる方もいらっしゃいますが、ほとんどの方が授業を何度か受けていくと前から読み下せるようになってきます。これができると英日逐次の精度とスピードが格段に上がってきます。

日英サイトラの場合は、さらに稀で一度もやったことがないという方がほとんどです。確かに日英の場合は英日サイトラ以上に出てくる訳語のバリエーションが多いので、講師としても処理しづらいという背景があるのかもしれません。ただ日英サイトラの一つの目的は同じ日本語に対していろいろな訳出が可能であるということを理解してもらい、柔軟な構文力を養うことにあります。例えば、今回の体験講座では会議の冒頭説明という設定で以下のような文章を使いました。

“おはようございます。まず本会議時間を75分に限定して行うということをお知らせすることから始めたいと思います。急きょ役員会議が開催されることとなり、会議室が75分しか使えないからです。・・・”

ある程度英語力のある人なら、”Good morning. Let me start this meeting by informing you that we have only 75 minutes for this meeting today. At very short notice, we decided to hold a board meeting and can use the conference room only for 75 minutes today.” と訳してしまうでしょうし、逐次であればこれで全く問題ありません。ただサイトラで前から訳していくといろいろな訳語のバリエーションが出てきます。

例えば“この会議は75分に限定して行うということをお知らせすることから始めたいと思います。”という部分もこの会議(this meeting)や75分(75 minutes)を主語にできますよね。通訳者にとって、逐次であれ、同通であれ、ウィスパリングであれ、どの単語で始めても、文章を完結させるスキルは大切です。毎回1番適切な言葉で文章が始められるとは限りません。場合によっては時間の制約や疲れや様々な要因から、自分の意図しない言葉を発してしまうことがよくありますが、その時でもできる限り、言い直さずに文章を完結させることが求められるわけです。言い直しが多いということは、聞き手に不要な負担を与えるだけでなく、スピーカーが使える時間を不必要に奪っていることになるからです。

日本語が母国語の場合には、日本語で遊べる範囲が広いので、大体どの言葉で始めても詰まってしまうことは比較的少ないと思いますが、逆に日英の場合、英語で遊べる範囲が狭いので、自由に構文を駆使して表現できる範囲が少なくなってしまいます。ですからこれまで訳したことのある日本語なら比較的うまく処理できても、新しいパターンの日本語に当たると急に詰まってしまうという現象が起きるのです。

日英が苦手な人は、英語の構文力や表現力が不十分であるために、情報を伝える英語のレパートリーが1種類しかない場合が多いのですが、それ以外にも、日本語ネイティブの場合、日本語を精査せずに単語を力技で訳そうとする傾向が強いということもあると思います。通訳はメッセージを伝えるのであって、単語を置き換えるのではないという本質を見失っているケースが多いような気がします。

例えば、先ほどの例だと、伝えたいメッセージは“この会議で使える時間は75分だけ”ということなので、”This meeting can only last for 75 minutes.”でも“Seventy-five minutes is all we have for this meeting.”でもいいわけです。日本語だけみるとこういう訳は出しづらいかもしれませんが、メッセージを伝えるという基本に立ち戻ればいろいろな訳語が可能になります。

もしこのような訳で始めてしまったら、残りの“〜ということをお知らせすることから始めたいと思います。”という部分はどうしたらいいのでしょうか?構文的には日本語の典型である動詞が最後に来て、その前に目的語(この場合は文章)が来ているというバターンです。先に目的語の“この会議で使える時間は75分だけ”という部分を出してしまったので、“みんなにそのことを伝えたいのです”というメッセージを加えればいいわけです。この場合でもいろいろな訳語が考えられます。例えば前の文章を受けて、“which I would like to share with you/make you aware of before beginning this meeting.” でもいいですし、文章を新しく始めて、”This is the first thing I would like to draw your attention to before starting this meeting.” としてしまうことも可能です。

“こうでなければならない”という考え方から“こういう訳語もありかな”的な考え方に変えるためにも、日英のサイトラは非常に有効だと思います。この単語で始めたら自分ならどう処理するだろうかというシミュレーションをすればするほど、いろいろな日本語に柔軟に対応できる力をつけることができると思いますし、自分が持っている語彙や表現の棚卸しもでき、柔軟に構文を駆使しつつメッセージを伝えることがより容易になると思います。

日英が伸びないなぁと思っている方は一度、同じメッセージをいろいろな主語や構文で表現するという訓練も取り入れてみてはいかがでしょうか?

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記事を書いた人

上谷覚志

大阪大学卒業後、オーストラリアのクイーンズランド大学通訳翻訳修士号とオーストラリア会議通訳者資格を同時に取得し帰国。その後IT、金融、TVショッピングの社での社内通訳を経て、現在フリーランス通訳としてIT,金融、法律を中心としたビジネス通訳として商談、セミナー等幅広い分野で活躍中。一方、予備校、通訳学校、大学でビジネス英語や通訳を20年以上教えてきのキャリアを持つ。2006 年にAccent on Communicationを設立し、通訳訓練法を使ったビジネス英語講座、TOEIC講座、通訳者養成講座を提供している。

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