TRANSLATION

第35回 米国の利上げ②

土川裕子

金融翻訳ポイント講座

こんにちは。今回は先月に引き続き、米国の利上げに関する文を読んでみましょう。少し古い文章(2018年9月)ですが、非常に丁寧に書かれていますので、まずはご自分で訳してみてください。

先月の課題は、連邦準備制度理事会(FRB)が2018年9月の連邦公開市場委員会(FOMC)会合で、政策金利であるフェデラル・ファンド(FF)金利を引き上げた(利上げを実施した)という内容でした。今回の課題に入る前に、次の一段落が入ります。

The fed funds rate hike marked the eighth rate increase since December 2015 and the third rate hike this year. “The U.S. economy has been coming in stronger than expected this year,” said Fed chairman Jerome Powell at a press conference following the meeting. Powell cited high business and consumer confidence readings, as well as the tax cuts implemented in December 2017.
(概要:利上げは2015年12月以降で8回目、2018年では3回目。パウエルFRB議長はFOMC後の記者会見で「米国経済は予想より力強い」と指摘、理由として企業景況感や消費者信頼感の改善と減税策を挙げた)
※蛇足ですが、上記のような「概要」を作ってみると、自分が本当にその文章を理解しているかが分かります。キレのある日本語を書く訓練にもなります。

そして今回の課題は以下です。

【課題】(今回の課題は太字部分)
Notably, the statement released at the end of the meeting differed from the previous statement in one important respect: it removed reference to “accommodative” Fed policy. This likely means rates are getting close to the “neutral” level. The deletion, however, does not imply that the future rate path has changed. Given the continued strength, we believe that increases in December 2018, and March and June of 2019 are still likely, the same rate path as expected before this meeting.

●Notably
このような文頭の副詞はなかなか処理が難しいですね。辞書では「特に」「注目すべきことに」などとありますが、前者は文脈的に使えませんし、後者は意味の上では大丈夫ですが、いかにも翻訳調です。

Importantlyなども同じですが、「副詞」という発想から離れるといいようです。例えば
Importantly, tone of the statement was roughly neutral.
×重要なことに、声明の基調は概ね中立的でした。
○重要なのは、声明の基調が概ね中立的であったことです。
○声明の基調が概ね中立的であったことが重要な点として挙げられます。
○重要な点として、声明の基調が概ね中立的であったことが挙げられます。
○声明の基調が概ね中立的であった点が重要です。
など、工夫の仕方はいくらもあります。品詞に縛られず、文脈に応じて訳し分けましょう。

●previous statement
何も考えないで訳すと、うっかり「以前の声明」としてしまいそうです(事実に照らして間違いではないだけに厄介です)が、これを「前回の声明」とすれば、内容がよく分かっている人が訳したのだなあ、と思ってもらえます。先月説明した通り、米連邦公開市場委員会(FOMC)は年に8回開催され、会合後には必ず声明文が発表されます。これは2018年9月会合に関する文章ですから、previousは「前回6月会合」を指しているわけです。

なお声明文は、毎回新たな文章が発表されるわけではなく、基本的に前回の文章を踏襲し、表現を少しずつ変更して行くことで、FRBの金融政策に対する姿勢を示す、という仕組みになっています。文章どころか単語が一つ変更されただけで、金融市場が大きく反応することがあるくらいで、声明文の内容は毎回、強い注目を集めます。そのため、FOMC声明文に限っては、わざと原文が透けて見える感じで訳されたり、重要な箇所では原文が並記されたりもします。

●it removed reference to “accommodative” Fed policy
下線部は当然ながらaccommodative monetary policy(金融緩和策)のこと。先月も説明しましたように、FRBは、2008年9月のリーマンショック後から実施してきた様々な金融緩和策のうち、金融市場に大量の資金を供給する量的緩和(Quantitative Easing)策を2014年10月で終了しました。政策金利も従来よりはるかに長く低く据え置いてきましたが、これも昨年12月までに6回の引き上げを行い、そろそろ「利上げの打ち止め」が近いとされています。

9月の声明文では、前回まであったaccommodativeという言葉がなくなり、それがNotablyであると筆者は言っているわけです。次回の課題の範囲にあるdeletionは、この言葉が声明文から消えたことを指しています。

●”neutral” level
「中立的」な金利水準とは、景気を冷やしもふかしもしない水準を言います(個人的な意見ですが、肉まんじゃないのだから、この「景気をふかす」という言い方、なんとかならんかな、と思ったりします)。

金利が上昇すれば、資金調達が難しくなる(お金が借りにくくなる)ため、資金を必要とする企業の設備投資や住宅投資などが落ち込みます。金利が低下すれば、逆に投資が拡大しやすくなります。各国の中央銀行は、景気の様子を見て、金利を引き上げるか引き下げるかを考えるわけですが、景気がちょうど良いところで落ち着いていれば、理論的には金利変更の必要はありません。

9月会合でFRBは、「政策姿勢は引き続き緩和的」との表現を声明から削除しました。その日の日経新聞には、
一方、今回の声明から「政策姿は引き和的」との表を削除した(中略)〔パウエル議長は〕政策金利の水が景をふかしも冷やしもしない「中立金利」に近づいている状を反映しただけとの方を示唆した。
2018/9/27 日本経済聞。〔 〕内は引用者による補足
とあります。緩和的でなくなったのは、金利が中立水準に近づいたからだよ、ということですね。今回の課題もそのことを言っています。

さて、少し半端ですが、ここまでを訳してみましょう。

【課題】(再掲)(今回の課題は太字部分)
Notably, the statement released at the end of the meeting differed from the previous statement in one important respect: it removed reference to “accommodative” Fed policy. This likely means rates are getting close to the “neutral” level. The deletion, however, does not imply that the future rate path has changed. Given the continued strength, we believe that increases in December 2018, and March and June of 2019 are still likely, the same rate path as expected before this meeting.
【試訳】
注目すべきは、今回の会合後に発表された声明文と前回6月の声明文の内容に重要な点で一つ違いがあることです。今回の声明文からは、「緩和的」政策への言及が削除されました。これは、金利が「中立的な」水準に近づいていることを意味する可能性があります。

※it removed reference to “accommodative” Fed policy.のitは当然ながらFRBですが、ここで突然「FRBは~」とするよりは、前の文章からの流れで「声明文」を主語にした方が、日本語としては自然です。この文章がFRBの政策に関するものであることは自明ですので、誤解を招かない限り、そして文意が通る限り、不必要な訳語はなくした方が、日本語らしくなります。よってaccommodative Fed policyのFedも訳す必要はありません。

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記事を書いた人

土川裕子

愛知県立大学外国語学部スペイン学科卒。地方企業にて英語・西語の自動車関連マニュアル制作業務に携わった後、フリーランス翻訳者として独立。証券アナリストの資格を取得し、現在は金融分野の翻訳を専門に手掛ける。本業での質の高い訳文もさることながら、独特のアース節の効いた翻訳ブログやメルマガも好評を博する。制作に7年を要した『スペイン語経済ビジネス用語辞典』の執筆者を務めるという偉業の持ち主。

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