TRANSLATION

第80回 ディスクレーマー③

土川裕子

金融翻訳ポイント講座

こんにちは。今月からしばらく、投資家向け文書には必ず載っているDisclaimerを取り上げたいと思います。何年か前に2回にわたりお送りしていますので、興味のある方はそちらもご覧ください。

以前も書きましたが、Disclaimerはそもそも「責任を放棄すること」の意味で、日本語では通常、「免責事項」「警告」「ご注意」「ご留意事項」「重要な情報」「お断り」などのタイトルで掲載されています。英語では、Disclaimer(s)のほか、Important Informationや、何もタイトルがつかないこともあります。

日本でも、株式や投資信託を購入すると、投資に伴う様々な注意事項やリスクをしつこいほど説明した文書を渡されますが、あれのことです。あれ、全部読んでる人いるの?といつも思うのですが、それを訳す翻訳者だけは、ハイ、全部読んでいます(笑)。

今回は、個別リスクの説明に入る前に、投資に伴ってどのようなリスクが発生するかをおおまかに説明している箇所を見てみましょう。

【本日の課題】
PRINCIPAL RISKS
As with any investment in a mutual fund, investing in the Fund involves risk, including the risk that you may receive little or no return on your investment. When you redeem your shares, they may be worth more or less than what you paid for them, which means that you may lose a portion or all of the money you invested in the Fund. The principal risks of investing in the Fund, which could adversely affect its performance, include:

●a mutual fund
mutual fundは、請求すればすぐに解約できる(オープンエンド型の)米国の投資信託のことを言います。「オープンエンド型投資信託」とするか、そのまま「ミューチュアルファンド」とするかは場合によります。aがついていますので、ここは一般的な意味で使われています。

この課題はあるファンドの目論見書から拝借しましたので、そのすぐ後ろにあるthe Fundはそのファンドのこと。今回は「当ファンド」で結構です。

●redeem your shares
多くの投資家から集めた資金を一つにまとめて投資するのが投資信託やファンドであり、その一人の投資家の「持ち分」を英語ではshareと表現します。会社でいう株式/shareも考え方としては同じです。

redeemはちょっと注意が必要。日本語では、「投資信託やファンドで当初定めた運用期間が終了し(満期を迎え)、資金が投資家に返還されること」を「償還」と言い、投資家が満期より前に自由意思で資金を引き出す場合は「換金、売却、解約」などの言葉が使われます。redeemにはその両方の意味があり、実際ここでは両方含まれていると思われますので、それなりの訳とせねばなりません。

個別に見るべき語句はこのくらいでしょうか。あとは非常にまどろっこしい説明がひたすら続いていますね。しかしここは会社が「免責」を得るための表示ですから、日本語でもひたすら丁寧に訳すことにしましょう。(ですます調で)

【本日の課題】(再掲)
PRINCIPAL RISKS
As with any investment in a mutual fund, investing in the Fund involves risk, including the risk that you may receive little or no return on your investment. When you redeem your shares, they may be worth more or less than what you paid for them, which means that you may lose a portion or all of the money you invested in the Fund. The principal risks of investing in the Fund, which could adversely affect its performance, include:

【試訳】
主なリスク
ミューチュアルファンドへのいかなる投資と同様、当ファンドへの投資では、リターンが僅少またはゼロにとどまるリスクを含め、様々なリスクが伴います。持ち分の売却・償還時の評価額は、払い込み金額を上回るか、または下回る可能性があり、従って当ファンドへの投資金額の一部または全部を失う可能性があります。当ファンドへの投資に際し、パフォーマンスにマイナスの影響を与え得る主なリスクは以下の通りです。

※When you redeem your shares….what you paid for themのあたりは、投資・運用の世界独特のすっきりした表現が存在しますので、そういった定型表現を積極的に使う必要があります。ただ、自分の語彙にないからと、慌てて探した表現を場当たり的に当てはめただけの訳文は、見る人が見れば「いかにも付け焼き刃」なことがバレバレで、文章のバランスが非常に悪い…というケースもよく聞きますので、機会があれば、少しでも良いので目を通す癖をつけておくと良いかもしれません。

さらに言えば、上記は単に意味を丁寧にすくい取り、業界の一般的な表現に言い換えただけの訳なので、実際に納品する際には、クライアントが普段から使用している言い回しに適宜揃える必要があります。例えば「為替リスク」と「為替変動リスク」は同じ意味で使われていますが、クライアントがどちらを使っているのか必ず確認し、それに揃える必要があります。

英語はfundでも、日本では「戦略」という名称で販売しているケースもありますし、「パフォーマンス」でなく「リターン」を使ってくれとか、「マイナスの影響を与える」でなく「損なう」にしてくれとか、「僅少」は使うなとか、結構細かいので(笑)、クライアント様の意向をしっかり受け止めて訳文に反映するようにしましょう。

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記事を書いた人

土川裕子

愛知県立大学外国語学部スペイン学科卒。地方企業にて英語・西語の自動車関連マニュアル制作業務に携わった後、フリーランス翻訳者として独立。証券アナリストの資格を取得し、現在は金融分野の翻訳を専門に手掛ける。本業での質の高い訳文もさることながら、独特のアース節の効いた翻訳ブログやメルマガも好評を博する。制作に7年を要した『スペイン語経済ビジネス用語辞典』の執筆者を務めるという偉業の持ち主。

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