TRANSLATION

第59回 債券見通し②

土川裕子

金融翻訳ポイント講座

6月に課題を掲示し、訳出は次回…と言っておきながら、2ヵ月間もお休みしてしまいました。ありがたくも仕事に忙殺されておりました。言い訳ですね、ハイ、申し訳ありません。

さて前回は、新興国の債券市場に関する見通しの文章(ビデオで「ポートフォリオ・マネジャー」が話した言葉の書き起こし)を単語・句レベルで説明しましたので、今回はいきなり訳出に入りたいと思います。

【本日の課題】
We have a positive outlook on emerging markets fixed income. The prospect of synchronized global recovery as the vaccinations pick up pace and help address the health situations in some of the hard-hit countries, coupled with rising commodity prices and the amount of liquidity in the global financial system, we believe is supportive for risk assets and emerging markets debt in particular.

一番の問題は2文目の長さでしょうか。構造を見てみましょう。

The prospect of synchronized global recovery as the vaccinations pick up pace and help address the health situations in some of the hard-hit countries, coupled with rising commodity prices and the amount of liquidity in the global financial system, we believe is supportive for risk assets and emerging markets debt in particular.

下線部は主語の理由説明、we believeは単なる挿入句なので、この文章の核となる部分は、太字だけと言っていいでしょう。つまり

世界同時回復の見通しは、コモディティ価格上昇と流動性の量とも相まって、リスク資産にとっての追い風となります。

だけです。簡単ですね。しかし全体を訳す場合、下線部をそのまま訳して、「〜であるが故の世界同時回復の見通し」などとするのは、恐ろしく頭でっかちとなり、非現実的です。(実際にやってみないとなかなか実感しにくいので、お時間のある方はぜひ)

こういった場合、英語が名詞句だったら日本語も名詞句で!とか、一文は一文で!とか、coupled with=「〜と相まって」だ!とか、がちがちの思い込みを捨て去らない限り、「翻訳調」から抜け出すことはできません。目の前にある英語を「材料」と考え、日本語で一から表現しようとすればどうなるか、を考えて訳すことをお勧めします。もちろん創作はいけませんし、原文のニュアンスをできる限り拾うことも大切ですが、言葉尻をほんの少し変えてみたり、順序を入れ替えてみたりするだけで、案外流れる文章になります。

それではさっそく訳してみましょう。

【本日の課題】(再掲)
We have a positive outlook on emerging markets fixed income. The prospect of synchronized global recovery as the vaccinations pick up pace and help address the health situations in some of the hard-hit countries, coupled with rising commodity prices and the amount of liquidity in the global financial system, we believe is supportive for risk assets and emerging markets debt in particular.

【試訳】
新興国債券の見通しは明るいと弊社では見ています。コロナ禍により大きな打撃を受けていた一部諸国でもワクチン接種のペースが上がり、感染状況が改善していることから、世界経済は同時回復が見込める状況にあります。コモディティ価格の上昇や、世界の金融システムにおける流動性の拡大といった要因も考え合わせると、リスク資産、とりわけ新興国債券にとっての追い風となりそうです。

※具体的な部分で一つ。amount of liquidityは「流動性の量」ですが、文脈から言って明らかに「流動性が十分にあること」あるいは「流動性が拡大していること」を意味しています。「コモディティ価格の上昇と流動性の量」では変ですので、翻訳者の段階で何とかする必要があります。

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記事を書いた人

土川裕子

愛知県立大学外国語学部スペイン学科卒。地方企業にて英語・西語の自動車関連マニュアル制作業務に携わった後、フリーランス翻訳者として独立。証券アナリストの資格を取得し、現在は金融分野の翻訳を専門に手掛ける。本業での質の高い訳文もさることながら、独特のアース節の効いた翻訳ブログやメルマガも好評を博する。制作に7年を要した『スペイン語経済ビジネス用語辞典』の執筆者を務めるという偉業の持ち主。

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