TRANSLATION

Vol.15 日本語から広がる世界

ハイキャリア編集部

翻訳者インタビュー

[プロフィール]
半田アマンダさん
Amanda Handa
オックスフォード大学英文科卒業後、1993年来日。英会話講師、オンサイト翻訳者を経て、2000年にフリーランス日英翻訳者として独立。言葉へのこだわりの高さから、訳文の評価は非常に高く、現在第一線で活躍中。

Q. 日本に興味を持ったきっかけは?

1991年にイギリスで開催されたJapan Festivalが全てのはじまりです。母と一緒にカメラを持って出かけたんです。日本と言えば「広島」しか知らない私が、その時見たもの全てに目を奪われました。とにかく驚きました。ところ狭く立ち並ぶ屋台の横には着物などの伝統工芸品、その隣には最新のIT機器が展示されていたんです。伝統と最新技術が共存する文化、こんなことが可能なんだろうかと、ショックを受けました。
興奮し、とにかくたくさん写真を撮ったのですが、巻き戻しに失敗したのか、その日撮った写真全てが一枚になって現像されたんです。何が写っているのかわからないぐらいの仕上がりでしたが、この写真そのものが、私の日本に対する強烈な印象を表しているように思いました。「これは、日本に行くしかない!」と直感的に感じました。
この時の写真は、数年前写真展を開催した時に、大きく引き伸ばして展示しました。

Q. 1993年に来日されたのですね。

あまりに急に決めたものですから、慌てた両親からは「どうしても行くなら、日本での仕事先を見つけてからにしなさい」と言われました。確かにそうですよね。隣のフランスに行くのとはわけが違います。日本というはるか遠くの地に突然娘が行くと言い出したわけですから(笑)。
ウィンザー城近くにある小さな村で育った私にとって、東京での生活は毎日が驚きの連続でした。今から考えると恥ずかしい失敗ばかりです。最初に住んだ場所が、茅場町で、周りに薬局やスーパーがなかったんですよ。シャンプー1つ買いに行けませんでした。外国人の友人には恥ずかしくて聞けず、英会話レッスンの時に大真面目な顔をして、’Where do you buy shampoo?’と聞いたこともあります。結局わからず仕舞いで、デパートで5千円のシャンプーを買った苦い思い出があります。これが、当時の私の日常だったんですよ。

Q. どのようにして日本語を勉強されましたか?

お恥ずかしい話ですが、来日するまで全く勉強したことがありませんでした。来日後1年は英会話学校に勤めたので、教室内で日本語を話すことはなく、当時の友人も皆外国人でした。すごく不思議な環境でしたね。
生活環境が一転したのは、夫に出会ってからです。この出会いをきっかけに、日本語を勉強し始めました。彼はある程度英語が話せるんですが、彼の友人と話す時には、彼経由で話を伝えてもらうか、自分が日本語を話すしかないわけです。気がついたら、日本語のテキストを買いに走っていました。日本語ができないと、ここでは生きていけないと、焦燥感にかられたんです。独学で勉強し、自分の趣味などを切り口にして、積極的にコミュニケーションを取るようにしました。初めて聞いた言葉や、意味の分からない表現は、必ずその場で「どう書くんですか?」と尋ねるようにしました。恥ずかしがっている場合ではありませんでしたから。もし彼に出会わなければ、イギリスに帰っていたでしょうね。それまでは、日本語も日本人のことも理解できず、面白いことは一つもありませんでしたから。

Q. フリーランスになったきっかけは?

来日して数年たった頃、オンサイト翻訳チェックの仕事に就きました。自分で言うのもなんですが、私は非常に訳文にこだわりを持っています。チェックをしていると、「これは一体何?」と言いたくなるような訳文がたくさんありました。翻訳で生計を立てている人の訳文なのに、どうしてこんなにクオリティが低いんだろうと目を疑いました。クライアントからクレームが入ることもありましたが、そりゃそうだろうという仕上がりばかりでした。訳文を直しているうちに、「もしかしたら、最初から訳した方が早いんじゃないの?」と思ったんです。
一体自分にどのくらい力があるのかやってみようと思い、少しずつ翻訳を始めました。約1年半後、社内翻訳と在宅翻訳をかけもちして様子を見た後、完全なフリーランスになりました。

Q. 翻訳をしていて、困ったことはありますか?

英語の表現にないような日本語に出会った時です。例えば、時候の挨拶。翻訳する時は、全て省きます。時々、「ここが訳されていないのですが」と言われることもあるんですが、「本日はお日柄もよく」といった表現は、英語にはありません。それから、「宜しくお願いします」、「お疲れ様です」、「担当者」といった表現。個人的には、日本特有の叙情的な言葉や、曖昧な表現が大好きなので、これがないと生きていけないと思いますが(笑)!

Q. 通訳者になろうと思ったことは?

通訳のようなことを頼まれたこともありましたが、言葉に対してのこだわりが強い分、瞬時に訳すことができないんですよ。性格的にも、原稿を読んで、完全に理解してから訳すタイプです。一通り読めば全体のイメージがつかめるので、日本語に引っ張られずに翻訳できるんです。直訳=生きた英語ではありません。ただ翻訳するのではなく、「英語に」したいんです。これだけは譲れません。もしかしたらこれが私の強みでもあるのかもしれません。

Q. 印象に残ったお仕事は?

楽しかったのは、『鉄腕アトム』のHP翻訳です。お陰で非常に詳しくなりました。手塚治虫の名前の由来をご存知ですか? これは日本語ならではの面白さですよね。例えば「たのしい」には、「楽しい」と「愉しい」があり、日本人には当たり前すぎることかもしれませんが、私にとっては、こういったこと一つ一つが興味深い発見です。
自分の翻訳ではなくとも、素晴らしい訳文に出会うとわくわくします。先日恵比寿で行われた展示会の英訳は本当に素晴らしかったです。展示会の作品対訳で、ここまで素晴らしいものに出会ったのは初めてかもしれません。

Q. スキルアップのために、日々行っていることはありますか?

日本に来て12年になります。普段は日本語しか話さないので、逆に英語を勉強するようになりました。毎日、インターネットでBBCを聞いています。イギリス情勢を知るためですが、生きた英語表現を学びたいという気持ちもあるんです。
訳文チェックをしていた頃、日本に40年暮らしているネイティブの翻訳文を見る機会があったんです。びっくりしました。英語が、ネイティブレベルではなくなっているんですよ! ネイティブだと言われなければ、日本人の英訳かと思うぐらいでした。私自身も海外に暮らしているからといって、母国語の能力を落としたくはありません。
バイリンガル表記の雑誌を読むようにもしています。『家庭画報』のインターナショナル版があるのをご存知ですか? 素晴らしい雑誌です。全て英語で書かれているのですが、対訳がついている記事もあるので、非常に勉強になります。「なるほど、こう訳すのか」、「私だったらこう訳すな」と考えることも多く、私にとってのテキストのようなものですね。

Q. ストレス発散方法は?

基本的に家にいるので、電話がかかってこなければ、誰とも一言も話さない日もあります。時間を忘れて翻訳に没頭してしまうと、トイレに行くことすら忘れることも……。気分転換のために、時々散歩に出かけるようにしています。
私は早起きなんですよ。夫婦揃って4時起きです(笑)。目覚まし時計も使いません。昔は朝が苦手で、母に怒られてばかりだったのですが、人間変わるものです。朝6時頃から仕事を始めて、6時間ぐらいぶっ通しで翻訳します。朝は集中力が高まるので、効率的ですね。午後になってペースが落ちてくると、友達と会ったり、買い物に出かけたりします。これはフリーランスの醍醐味ですよね。

Q. ご趣味は?

料理です! 和食が一番得意なんですよ。日本に来たばかりの頃、『オレンジページ』がぼろぼろになるまで、毎日レシピを見て研究しました。豆が大好きで、大豆、豆腐、豆乳、納豆をよく食べます。週末は、パンやお菓子、ジャムを作るんですよ。
写真も好きです。撮り始めたのは、Japan Festivalがきっかけです。デジカメを常に持ち歩いています。被写体にするのは、「小さいもの」です。道端に咲いている小さい花や、ラーメン屋さんで見つけた小さな鳥居など、誰も気づかないようなものが好きです。
そうそう、趣味ではないかもしれませんが、人間観察は癖ですね(笑)。

Q. 今後のキャリアプランは?

英文科出身ということもありますが、将来的には文芸翻訳を手がけてみたいです。今は毎日納期に追われているので、一つの作品にじっくり取り組んでみたいですね。

Q. 今後もずっと日本に?

おそらくそうだと思います。結婚する前、自分の気持ちを確かめるために、一度イギリスに戻ったことがあるんですよ。彼との結婚は、日本と結婚するということなので、不安もあったんです。やっていけるのだろうかと。でも、今こうして日本にいます。家も購入したので、もうイギリスには戻れませんね!
個人的に、言葉が全てだと思っています。日本に来ても、英語しか話さない外国人はたくさんいます。もちろん英語だけで暮らしていくこともできますが、得られる情報が限定されてしまうと思うんです。日本語が話せることによって、一気に世界が広がります。言葉が理解できるようになると、人を理解できるようになります。私も今では、言葉や行動に込められている、日本人特有の曖昧な表現や、奥ゆかしさがわかるようになりました。日本とイギリスは、同じ島国で似ている部分も多く、余計に共感できるのかもしれませんね。

Q. もし翻訳者になっていなかったら?

カフェのオーナーでしょうか。料理が好きなので、自分のお店をもてたら嬉しいです。こじんまりとしたお店がいいですね。これも将来の選択肢の一つに入れておきたいです。
写真家にもなりたいのですが、これだけで食べていくのは難しいでしょうね。

<編集後記>
「日本人より日本人らしい、と言われるのはいやなんです。私は誰よりもイギリス人ですから!」とユーモアたっぷりにお話し頂きました。半田さんの言葉へのこだわり、学ぶことへの積極性が素晴らしい訳文を生み出すのだと思います。

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ハイキャリア編集部

テンナイン・コミュニケーション編集部です。
通訳、翻訳、英語教育に関する記事を幅広く発信していきます。

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