TRANSLATION

Vol.17 全ては自分のやる気次第

ハイキャリア編集部

翻訳者インタビュー

[プロフィール]
大場由美子さん
Yumiko Oba
経歴:大学卒業後、大手自動車会社入社、欧米の排ガス法規・安全法規調査及び認証を主な業務として行う。退職後、フリーランスにて翻訳を開始。その後、合計約7年半の米国生活を経て、日本帰国、本格的にフリーランス翻訳者として活動を始める。英日・日英ともに、そのクオリティには定評があり、最近は経営雑誌翻訳等を始め、幅広い分野にて活躍中。

Q. もともと英語はお得意だったんですか・・・・・・?

中学、高校と思い返してみても、英語を集中して勉強した記憶はないんです。あくまでも、教科の一つとしてしか捉えていませんでしたので。大学では、社会学を専攻し、英語とはほぼ無縁の生活を送りました。就職活動間際に、資格欄が真っ白なのもどうかと思い、英検を受けたぐらいです。しかも2級(笑)。そして、これによって英語熱が上がることもなく、まさか自分が大学卒業後、どっぷり英語漬けになるとは、夢にも思ってはいませんでした。

Q. 大学卒業後は、自動車メーカーに就職されたようですね。

そうなんです。配属されてびっくり、英語が使えないと仕事が出来ないような部署だったんですよ。米国の排ガス法規動向調査、その認証のための書類作成が最初の仕事だったのですが、書類は全て英語!これまで、英語を使って仕事をするどころか、自分が英語を話すということ自体考えてもみなかったので、「これは大変なところに来てしまった」と焦りましたね。そして、あろうことか入社数日後、アメリカ法規の資料を翻訳してくださいと言われたときには、心臓が止まるかと思いました。とりあえず、辞書を片手に読み始めたものの、1行読むのに、6つも7つも分からない単語があるんです。そして、辞書をひいたところで、日本語にしても意味が分かりません。会議に行っても、一体何の話をしているかすら理解出来ませんでした。「二駆(にく)と四駆(よんく)が」と言われても、「どうしてお肉と車が一緒にでてくるんだろう」と思ったぐらいでしたから、私の自動車に関する知識もお粗末だったのですが。地獄のようでしたが、当時は「私は、キャリアウーマンになるんだから!」と鼻息も荒かったせいか、しばらくがんばってみることにしました。
片時も辞書を離さず、分からないことはすぐに質問するという毎日を1年ぐらい続けた結果、何となく知識もついてきたんです。そうなると、仕事も面白くなってきます。それからですね、この仕事が楽しくなったのは。そうそう、入社間もない頃に受けたTOEICは、630点だったんですが、退職時には820点でした。少しは伸びたのかな、と(笑)。

Q. 退職後、フリーランスで翻訳をするようになったのは?

ありがたいことに、勤めていた会社の方から、「自宅で翻訳をしてくれないか」と声をかけて頂きました。当時、翻訳者になりたいという気持ちは特にありませんでしたが、せっかく毎日家にいるのだから、挑戦してみようと思ったんです。そういうわけで、週に数回英会話学校に通いながら、空いた時間に自宅で翻訳をするという生活が始まりました。いざ、やってみると、これは自分の性に合っているなと思いました。元々、読書好きなこともありますが、じっくり考えて言葉を選ぶ面白さに惹かれました。また、翻訳する資料も、これまで自分がずっと関わってきた分野だったので、入りやすかったということもあるかもしれませんね。

Q. 1989年に、渡米されていらっしゃいますね。

夫の米国駐在に同行することになりました。VISAの関係で、仕事は出来なかったので、大学に通おうと思ったんです。でも、子供が生まれたので計画変更!、子育てに専念することになりました。4年後に帰国し、97年に再び渡米したのですが、ずっと消費ばかりしている生活にも疲れていた頃で、そろそろ何かやりたいなと思い始めたんです。息子の通う小学校で、ESLクラスのお手伝いなどをさせて頂きましたが、思いのほか楽しくて、あぁやっぱり私は何らかの形で、社会と関わっていたいと思いました。2001年に帰国することになり、日本での再出発を考えました。果たして、自分に何が出来るだろうと考えたときに、日本語と英語の世界をつなぐ仕事ができたらいいなと思いました。そして、以前やっていた翻訳のことが頭をよぎったんです。そこで、帰国後すぐに翻訳学校への入学を決めました。

Q. そして、本格的に、フリーランス翻訳者としての活動を開始されたのですね。

再び、以前の会社から翻訳を依頼されたので、その仕事をしながら、並行して翻訳学校に通いました。翻訳の基礎をきちんと学びたい、そして、自動車だけでなく、もっと広い分野の翻訳をやってみたいと思ったんです。総合コースに入ったので、実務・文芸・映像と3つのジャンルを勉強することが出来ましたが、それぞれノウハウがあり、翻訳と一言で言っても全く別の仕事であることが分かりました。まず映像は私には向いていないと思いました。文芸は、ミステリー小説が好きなこともあって、「将来は、文芸翻訳者になれたらいいな」と密かな夢を抱いてクラスに挑みましたが、文芸翻訳に必要な日本語の表現力が私には足りないんだと痛感しました。また、自分の中でいつの間にか、読んでいて面白いと思うものが、文芸より実務で扱うものに変わっていました。結果的に、最後の選択肢であった実務が仕事に結びついた訳ですが、授業を受けていくにつれて、自分が今までやってきた仕事がいかに甘かったかということを、いやというほど見せつけられた気がして、すごく不安になったんです。これでは、どの分野でも翻訳者になるなんて無理かもしれないと。でも、ある時、実務の先生が私の翻訳を見て、「あなたの翻訳は、このまま十分に外に出せます。もう仕事のレベルになっていますよ。」と言ってくださったんです。この一言が本当に嬉しくて、なんだか、「あなたはこの仕事を目指してがんばっていいんですよ」と言われた気がして救われました。これがきっかけとなって、本格的に仕事を請けるようになりましたが、実務翻訳は本当に面白いです。どの分野もやればやるほど新しいことを知ることが出来ますし、リサーチのしがいもあります。音や歯に関する論文など、未知の分野のお仕事を頂くこともありますが、調べていくうちに道が開けてくるんです。目の前がぱっと明るくなるような、この瞬間がなんともいえませんね。

Q. 通訳者になろうと思ったことは?

実は、過去に一度だけ頼まれてやったことがあります。以前の会社関係の、レセプションでの通訳だったのですが、原稿があるからと聞いて、引き受けることにしました。ところが、通訳途中で、いきなり頭が真っ白になってしまったんです。全て頭から抜け落ちてしまって、数秒間沈黙が流れました。この時、「あぁもう身分不相応なことは、二度とやるまい」と心に誓いました。最初で最後の通訳経験です。

Q. 日英翻訳もされると伺いましたが・・・・・・?大場さんの強みは?

フリーになった頃、なぜか英日よりも日英の方が、トライアル合格率が高かったんです。日本語がいまいちだったのでしょうか(笑)?もしくは、当時は、日英をする方があまりいらっしゃらなかったのか。私自身、駆け出しだったので、英日にしろ日英にしろ、お仕事を頂けることが嬉しくて、頂いた仕事は全て請けていました。今では、どちらかというと英日が多いかもしれませんが、場合によっては日英が7割を占める時もあります。これも強みでしょうか。
そして、どの分野でも一定の品質を保つことが出来るということでしょうか。もちろん、自分で納得のいく品質が確保出来ないかもしれない場合は、予めお断りしていますが、一応頂いたお仕事は、全て請けるというスタンスでやっています。

Q. 最近では、経営関係のビジネス雑誌・書籍なども翻訳されているようですね。

“Harvard Business Review” や、他の経営学関係の雑誌を翻訳させて頂きました。皆さんに育てて頂いているところが大きいのですが、こういったチャンスを頂くことが出来、大変嬉しく思っております。本は、数ヶ月間かけて翻訳していくので、自分にとっても得るものは大きかったです。
また、定期的に、自動車関係新聞記事の日英翻訳をやっています。随時、訳したものがHPにアップされているのですが、最初にこのお仕事を頂いたときは、正直不安でした。新聞記事だし、日英だし、ということで。でも、チェッカーの方が、すごく親切にいろいろ教えてくだって、あぁお金を頂きながら、こんなに教えて頂いていいのだろうかと感謝の気持ちでいっぱいです。納品後に、フィードバックを頂けるのも、本当にありがたいです。これから、自分が取り組むべき課題が見えてきます。今後も、こういった機会があれば、どんどんチャレンジしたいと思っています。

Q. 現在の一週間のスケジュールは?

大体毎日翻訳をしています。午前中は、必ず仕事をして、午後は細切れになるので、夜にまた作業開始という形です。在宅だと、時間の融通が利くのでいいですね。その分、土日に休めないということもありますが、私の場合、友人と会う時間や大好きなスポーツ観戦に出かける場合を想定して、そこから逆算して、いつも作業するようにしています。

Q. ストレス発散は・・・・・・?

仕事は楽しいので、翻訳でストレスがたまるということはありません。ただ、納期に間に合わなかったらどうしようという不安が、ストレスになることはあります。子供にもよく、「お母さん、いらいらしてるでしょ!」と言われたりするんですが(笑)。調べ物も大好きで、ふと気がつくと、「あれ!もうこんな時間だ。」と思うこともよくあります。
それから、肩こりや目の疲れには悩まされます。ずっとパソコンの前にいるからでしょうね。週に2回は、必ずテニスとエアロビクスに行くように心がけています。楽しいですよ!肩こりも、すぐに治ってしまいます。それから、スポーツ観戦が好きで、野球、テニス、ラグビー、陸上、水泳と、年間通じて、いろんな試合を観に行きます。何か一つのことに全力で取り組んでいる人を見ていると、感動します。自分もわくわくして、いつも我を忘れて、大声で応援しているんです。そうそう、私の目指すところは村上春樹スタイルなんです。おこがましいですが(笑)、スポーツもやる、翻訳もやるっていいですよね。

Q. もし、翻訳者になっていなかったら・・・・・・?

米国にいた時、トールペイントを習っていたんです。子供の頃から絵は好きだったんですが、トールペイントを習いだしてから、油絵の教室にも行くようになって、かなり熱中していました。もしかしたら、自宅でトールペイント教室なんかをやっていたかもしれませんね(笑)。

Q. お子さんには、バイリンガル教育を?

今は全く行っていません。息子は一応2人とも帰国子女なんですが、発音もきれいだし、話すこと聴くことはある程度出来ても、文法などはあまり得意ではないようです。私も、最初のうちは一生懸命教えていたんですが、本人に覚える気がないというか、下の子は、最初は意地でも英語を話しませんでしたから。まぁ、親の勝手な都合で海外に連れてきたことだけでもストレスだと思ったので、これ以上プレッシャーを与えるのはやめようという結論に達しました。
帰国した今では、逆に、日本語が怪しいところもあったりして、バイリンガル教育って難しいなと痛感しています。ただ、せっかく少しでも身に付けた英語ですので、将来、本人がもし勉強したいと言い出した時には、出来る限りサポートするつもりではいます。

Q. これから翻訳者を目指す人へのメッセージをお願いします。

私自身、スタートが遅かったので、あぁもっと早く始めればよかったかなと思うこともあります。でも、紆余曲折を経てここにたどり着いたからこそ、「いつになっても本人のやる気次第で、どうにでもなる」と思うんです。年齢も関係ありません。特に翻訳の仕事はそうだと思います。
それから、「自分はこの分野をやるんだ!」という強い目標があったとしても、最初はいろんな分野を勉強してみることをお勧めします。需要と供給の問題もありますし、自分に向いていると思っていても、実際は違うこともあるかもしれません。ですから、最初はあまり絞らないで、なるべく多くの分野を経験してはどうでしょうか。また、英日だけにこだわらず、日英にも目を向けてみるといいと思います。自分で、出来ないと思い込んでいるだけで、案外英日よりも可能性がある場合もあるかもしれません。自分で自分の能力を過小評価していることもありますからね。ネイティブではなくても、仕事によってはチェッカーが細かく指導してくれたり、育ててくれる企業もあるはずです。まずはチャンスをつかむことが大事ではないでしょうか。そこから可能性が開けてくると思います。

<編集後記>
自然体で、終始にこやかな大場さんでしたが、やっぱりプロはすごいなと思うエピソードがたくさんありました。最後の、「これから目指す方へのアドバイス」は、きっとたくさんの方の背中を押してくれるのではないかと思います。全ては「自分の気持ち次第」なんですよね!

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ハイキャリア編集部

テンナイン・コミュニケーション編集部です。
通訳、翻訳、英語教育に関する記事を幅広く発信していきます。

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