TRANSLATION

Vol.20 私らしくあれ

ハイキャリア編集部

翻訳者インタビュー

[プロフィール]
熊谷玲美さん
Remi Kumagai
北海道大学理学部地球物理学科卒業。東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻修士課程修了後、政府系特殊法人に勤務。科学技術文献データベース作成、海外機関との交渉、現地調査を行う。在職中より翻訳の勉強を開始、2007年1月よりフリーランス英日翻訳者として独立。これから、益々の活躍が期待される。

からたちの花をひかりとしなのかな      

かりん——-
(熊谷さん注釈:この句の季語は「からたちの花」。からたちの花の白は、他のどんな花よりも清々しい純白で、信濃にやっと訪れた春の光そのもの、という句です。)

Q. 語学に興味を持ったきっかけは?

特別大きなきっかけはありませんが、小さい頃から英語には興味を持っていました。テレビや映画で見る海外の様子に憧れていて、その入り口が英語だったのかなと思います。中学からは英語の授業があると聞き、待ちきれなくて、親に英語教材を買ってもらったこともありました(笑)。それ以降は、授業に加えて、毎朝NHKラジオで勉強しました。早起きは苦手なはずなのに、英語となると別だったようです。高校に入ると、文法が面白くなってきて、いつも英語で点数を稼いでいました。英語サークルにも入っており、何となくその頃から、将来は英語を使って仕事をしたいなと考えていました。

Q. 大学では、物理地球学を専攻されたようですが?

当初は、外国語学部を目指していましたが、高校に帰国子女の友人がいて、「こんなに上手な人がいるんだなぁ……」とびっくりしました。英語だけでいえば、すごい人はたくさんいるんじゃないかとも思いました、それで諦めたわけではありませんが、英語だけではなく、「英語プラス何か」があるといいのでは、と考えたことを覚えています。
もともと、英語と同じぐらい科学が好きでした。その中でも、地球や天文学に興味がありました。目で見て分かる、ダイナミックで美しい現象が好きで、何かそれに関係することを勉強してみたいなと。北海道に住んでいたので、特別なことをしなくても、身近に自然があったことも一つの理由です。英語は継続して勉強し、大学では地球物理学をやろうと決めました。

Q. 大学ご卒業後は、大学院に?

大学では、地震や火山について勉強しました。大学院での研究分野を考えていたときに、「自然現象で感動的なのは、火山とオーロラだ!」と先生が言うのを聞いて、自分で体感できるものを研究したかった私は、「オーロラの研究をやりたい!」と思ってしまいました(笑)。自分の目でオーロラを見てみたかったので、観測に行かせてくれる研究室を探し、ノルウェー領のスピッツヴェルゲン島に1ヶ月間滞在する機会を得ました。オーロラや気象など、北極の自然の研究が盛んなことから、世界中から研究者が集まっている北極圏の島です。コミュニケーションは、当然英語。思わぬ状況に戸惑いもありましたが、英語を勉強していてよかったなぁと思った瞬間でした。

Q. ご就職先でも、英語を使う機会があったようですが?

大学院で研究者としての生活を垣間見て、自分のやりたいこととは違うなと思ったんです。自然現象を自分の目で見たいという気持ちはあるものの、その分野で最先端の研究をするために、毎日パソコン上のデータを眺めるのは、私の望むことではありませんでした。「データではなく、本物のオーロラを見ていたい」と思った時、自分のやりたいのは研究ではないんだと気づきました。
大学院修了後は、独立行政法人に入りました。海外パートナーとの渉外業務や、海外文献調査等で、英語を使うことがありました。それまで、英会話学校や大学で勉強は続けてきたものの、実際に仕事を通して英語を使うのは初めてです。英文メールの書き方も分からず、最初は相当ひどかったと思います。相手から来たメールの文章を見て、「なるほど、こういう言い方があるのか」と勉強していましたから(笑)。

Q. 翻訳の勉強をしようと思ったのは?

5年前ぐらいでしょうか。それまでは、単に「英語の仕事」だと思っていたんですが、よく考えてみたら、これって翻訳なのかなという仕事があって、何となく頭の片隅にひっかかっていました。だんだん意識するようになり、カルチャースクールで3ヶ月の講座を申し込んだんです。値段も安いし、文芸翻訳って何となく面白そうだなという単純な理由からです。結果的に、すごく楽しくて、翻訳って面白いのかも! と思いました。英語が好き、本が好き、文章を書くのが好き、日本語が好き、と考えた時に、いいんじゃない? って。
それからしばらくして、翻訳学校の門をたたきました。

Q. 独立したきっかけは?

翻訳学校に通い始めてからは、いつかは翻訳一本で食べていきたいなと思っていたものの、全く見通しは立っていませんでした。そのレベルに達していないことは、自分が一番よくわかっていましたから。かといって、このままずっと会社勤めをしていてもいいのかと迷っていた時期でもあります。少しずつエージェントのトライアルに合格するようになったとき、先生から「そろそろ仕事もしてみなさい。勉強も大事だけど、仕事から学ぶことは大いにある」と言われました。その言葉を聞いて、迷いがなくなりました。会社の仕事と並行して、少しずつ翻訳の仕事を請けるようになりました。2年前のことです。
完全にフリーランスになったのは、今年の1月です。まだ、ほやほやですね。それまでは、時間の関係で、どうしても大きな仕事が請けられなかったり、お断りするケースが増えたりして、悔しい思いをしていました。会社での仕事と翻訳を天秤にかけたときに、翻訳に対する気持ちの方が勝ってしまったんです。もしかしたら、独立するなら今かもしれない! とひらめきました。振り返れば、思い切ったなぁと我ながら思いますが、後悔はしていません。フリーでいることの不安要素はたくさんありますが、会社勤めに不安要素が一つもないかと言われたら、決してそんなことはありません。仮に、60歳まで勤めた後、何をするのかと考えるとこわくなることもありました。フリーの仕事は、健康であれば、年齢関係なく続けられ、どんどん幅を広げていける気がするんです。メリットはたくさんある、そう思ったんです。何とかなるんじゃないかって。

Q. 通訳者になろうとは思いませんでしたか?

ちらっと考えましたが、もともと文法や、読み書きの方が好きなんです。会社員時代、通訳者さんのお仕事ぶりを見た時に、「すごい。こんなことはできない!」とも思いました(笑)。ゆっくり考えて出す方が向いているんだと思います。調べるのも好きなので。

Q. 翻訳の面白さは?

普通に生活していたら、絶対に触れる機会がなかっただろうな、という分野に触れられることです。例えば、ITマーケティング資料翻訳のお仕事を頂いたとき、自分ではこの分野は割と詳しいと思っていたのに、私が知っていたのはパソコンに関することだけでした。実際は、企業内のITシステムについての翻訳だったので、知らない用語が満載。この仕事をきっかけに、IT業界の方々が、普段どういう言葉を共通語として使っているかがわかって、大変勉強になりました。
この経験からも、なるべく幅を狭めないよう、積極的にいろんな仕事を請けるようにしています。

Q. 今だから話せる失敗談は?

ニュース翻訳の仕事を在宅で請けており、メッセンジャーソフトでやりとりしながら、翻訳して提出するという取り決めになっています。依頼がある日は、朝9時にスタンバイしていないといけません。その仕事を始めたばかりの頃、うっかり寝坊してしまい、クライアントからの電話で起きました。「熊谷さん、今メールで発注しましたが」と……。メッセンジャーなので、オフラインになっているとスタンバイしていないのがバレバレです(笑)。あんなにドキドキしたことはありません。どこかに出かけるのであれば、時間に余裕を持ってちゃんと起きるんですが、パソコンとベッドが同じ部屋にあるワンルームマンションでは、なかなか緊張感もありません。それ以来、寝坊はしていません!

Q. 印象に残ったできごとは?

3年前から、フォスタープラン協会という、国際NGOの翻訳ボランティアとして活動しています。学生の頃から、国際援助に興味があり、何かできないだろうかと思っていたところ、翻訳ボランティアという関わり方があることを知りました。私が担当しているのは、オフィシャルレポートの翻訳なのですが、誰かの役に立っているのかなと思うと嬉しいです。普段仕事で接しないような難しい内容もあるので、自分にとって勉強にもなります。

Q. 翻訳者としての強みは?

当たり前かもしれませんが、会社勤めをしていたことです。翻訳と直接関係なくとも、見えないところで役に立っていることがたくさんあります。フリーランスといっても、一人でやっているわけではありません。いつも、少しでも楽しく、気持ちよく仕事ができたらいいなと思っています。例えば、メール一つにしても、書き方によって随分印象が変わりますよね? 自分がもらって不快感を覚えないメールを送るよう心がけています。テンプレートをそのまま貼り付けたような文章は好きではありませんが、なれなれし過ぎてもいけません。以前から、割と気にしていましたが、以前勤めていたときには、こういった「ちょっとプラスアルファなこと」って、特に評価されないような気がしていました。でも、今はフリーランスですから。小さなことですが、伝わっているといいな、と思います。仕事とは全く関係のないことなのですが(笑)。

Q. 1月にフリーになってから、生活スタイルは変わりましたか?

大きく変わりました! 毎日が快適です。以前は、会社帰りに夜ご飯を買って帰るという生活で、料理なんてほとんどしなかったんですが、今は毎日作っています。楽しいです。自宅も、駅から近くありませんが、毎日通勤するわけではないので、問題にはなりません。もともと、フリーランスというスタイルにすごく憧れていたので、夢のようです。会社にいると、お天気がいいから外へ行こう、なんてできないじゃないですか? 太陽を見るのは、行き帰りだけ。フリーの場合は、仕事さえちゃんとしていれば、昼間に散歩に行くことも許されます。
なるべく、夜は早めに寝て、朝早く起きるよう心がけています。がんばりがきくのは朝なんです。納期が迫っていても、かならず寝るようにします。原稿も、寝かせた方がいいこともありますから(笑)。徹夜で翻訳するよりも、朝3時に起きてやった方が私にはいいようです。

Q. ご趣味は?

多摩川の傍に住んでいるので、時間が空いた時は、散歩に行きます。自転車で出かけることもあります。ずっと家の中にいると太るので、なるべく外に出るよう心がけています。趣味は、俳句です。俳句の結社に入っていて、句会にも行っています。題材に自然が使われることが多いので、時間を見つけては、素材を探しに歩き回っています。もともと、知り合いに勧められたのがきっかけなんです。翻訳にも役立つよ、と言われて、面白そうだなと思いました。いろんな制約がある中で、これだ、という言葉を見つけていく作業が似ています。毎回締切り前は大変です(笑)。
集中力キープのためのタイマーと、俳句セット。

Q. 今後も翻訳者として?

はい。まだ始めたばかりで、仕事量にも変動がありますが、仕事の量が増えた時に、どれだけコントロールできるかが今後の課題ですね。趣味の時間も充実させつつ、うまく調整できたらいいなと思っています。先輩翻訳者に、「趣味も仕事の一つとして予定に組み込まないと、何もできないよ」と言われたことがあるんです。最初にそんなことを聞いたものですから(笑)、趣味もしっかり予定として入れてあります。
現在、科学関係の出版翻訳コースを取っていて、授業のほかに、先生の下訳もさせてもらっています。いつか、自分の名前で翻訳本を出せたらいいなと思っています。そのためには、どの分野でも対応できるようにならないといけませんね。

Q. もし、翻訳者になっていなかったら?

これまでの人生、その時その時にやれることを試してきたので、割と悔いは残っていないんです。翻訳者にもなったばかりですし。でも、もし他の人生を考えるのであれば、宇宙飛行士になりたかったです。いまだに、地元の美容師さんは、母親に会うたび「玲美ちゃんは、宇宙飛行士になったの?」と聞くらしいです(笑)。特に何かそのために勉強や行動をしたわけではなく、漠然と思っていただけだったのですが、憧れでした。逆に、それ以外のことであえば、もしよっぽどやりたかったら、今からでもやるかなと思うんです。すごく能天気ではありますが。
現在読書中

Q. 翻訳者を目指す方へのメッセージをお願いします。

私こそ、アドバイスを頂きたい立場ですが、仕事をしながら翻訳者を目指している人や、私のように英語が大学の専門ではなかった人には、いくつか経験から言えることがあるかもしれません。まずは、翻訳とは一見何の関係もなさそうに見えることでも、全て経験だと思ってください。どんな仕事でも、人から見ると、やったことのない経験になります。あとは、それをうまくPRすることだと思います。こんなの大したことないわ、と自分で決めてしまわないこと。履歴書にまとめていると、あ、私これもできるんだと自信になります。後から振り返ると、意外と役に立つことってたくさんあります。事実、私がそうだったので。何でも勉強だと思って、がんばってください。
会社員を辞めた今だからこそ、こんな風に考えられるようになってきたんだと思うんです。勤めていたときは、「なんでこんなことやってるんだろう。英語がやりたいのに」、と思ったこともありました。そんな時、年上の人に、「何だって勉強。どんな状況でも、そこから勉強しようと思えばできるんだから」と言われて、なるほどと思いました。実践できているかどうかは分からないんですが、そうありたいと思っています。
あとは、行動あるのみ、ですね!

<編集後記>
一言一言、言葉を大切に選びながらお話される様子から、熊谷さんのお人柄が伝わってきます。時々、はにかむような笑顔がとっても素敵で、私もふんわりした気持ちになりました。冒頭の俳句は、熊谷さん(俳号:かりん)によるもの。今日も太陽の下、川べりを散歩していらっしゃるのでしょうか。

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ハイキャリア編集部

テンナイン・コミュニケーション編集部です。
通訳、翻訳、英語教育に関する記事を幅広く発信していきます。

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