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Vol.50 イランでの生活を経て

ハイキャリア編集部

翻訳者インタビュー

【プロフィール】
大西久美子さん Kumiko Onishi
学習院大学卒業後、デザインを学ぶため武蔵野美術大学大学院に入学。卒業後はデザイン事務所や大学職員としての勤務を経て、8年前に夫の故郷であるイランに移住。2018年に帰国し、現在はスポーツ用品メーカーの社内翻訳者として稼働中。

Q.1 大西さんは日本にご帰国される前は、イランにお住まいだったと聞きました。どのような経緯でイランに移住されたのですか。
私は2012年から2018年まで夫の故郷であるイランで生活をしていました。夫とはスウェーデンで知り合い、4年間スウェーデンで暮らしていましたが、夫が定年に近づいて故郷のイランに戻りたいという話になり、一緒に移り住みました。

その場所はトルクメニスタンとの国境にある町で、外国人は私しかいないような、少数民族が暮らしている地域でした。そこでは牛や羊、ヤギなどを飼育する牧畜業と夫の貿易業で生計を立てていました。日本では都市部で生まれ育ったため、もちろん牧畜は経験をしたことがなく、イランの文化や現地での生活に慣れるまではとても大変でした。

スウェーデンからイランに移る際は往復チケットを購入していて、帰りのチケットは捨てるつもりだったのですが、実はイランに渡って1ヶ月が経った頃、慣れない砂漠での生活をするうちに「やっぱり日本に帰りたい!」との気持ちにかられました。そこで一旦スウェーデンに戻り日本に帰国しようと、帰りのチケットを確認したところ、有効期限が前日で切れていたんです。日本に帰れないと焦りましたが、もう仕方がないので冷静になり「日本に帰りたい気持ち」を捨てて、段々とイランでの生活に慣れていきました。

整備途中のイランの自宅


自宅から離れたところにある、動物を囲っている敷地に向かうまでの道

Q.2 イランでの生活は大変だったのですね。2016年にイランから日本国内での英文事務のお仕事に応募をして頂いたと思います。やはり日本に帰国されたいとの思いでご連絡くださったのですか。
2012年にイランに移住して以来、住んでいる地域の経済状況は悪くなる一方でした。不安定な状況が続いて将来の不安もあり、日本への移住を試そうとした際、当時テンナインで募集が行われていた日本国内での英文事務のお仕事を見つけて応募しました。結果、テンナインとはご縁を頂くことができず、別の会社から紹介された大学の国際センターで勤務を始めました。しかし、私一人の稼ぎでは生活をしていくことができない給与水準だったため、仕方がなく半年後には再びイランに戻りました。その時点で「私はイランで生きていくのだ」と決意したのですが、米国大統領がトランプ氏に代わって以来、イラン国内の情勢や経済状況はさらに悪化しました。もしクーデターなどが起これば、町に一人しかいない日本人の私は人目につき易く、身の危険を察した夫が「やっぱり日本に行こう」と提案したのです。

そこで最後のチャンスだと考え、2018年に改めてテンナインのお仕事に応募させて頂き現在に至ります。

Q.3 そのような経緯があったのですね。初めて大西さんにインタビューをしたコーディネーターも、当時のことを覚えていましたよ。
当時はイランからSkypeで登録面談をしていただきました。
「現在は何をされているのですか?」と質問され「羊を追いかけています」とお応えした記憶があります。実は現在のお仕事も何度か「応募なさいませんか?」とご連絡を頂いていました。しかし「私はイランで生きていく」と決意した後だったためお断りしましたが、最後には夫に背中を押され「まだ試験は受けられますか?」とテンナインに相談しました。その結果、運よくお話が進み、現在はスポーツ用品メーカーで翻訳のお仕事をさせて頂いています。二度もお断りしたにも関わらず、お仕事を紹介してくださったテンナインのコーディネーターには大変感謝しています。

Q.4 現在のお仕事の内容についてもお聞かせ頂けますか。
私はスポーツ用品メーカーの倉庫に勤務しており、倉庫のシステムを使用するユーザーと呼ばれる運送会社の日本人社員と、それを管理する外国人エンジニアの間のコミュニケーションを翻訳者としてサポートしています。

ユーザーからの依頼文には主語が記されていない、または曖昧な表現が見られることがあります。その場合は、向かいのデスクに座るエンジニアに、ユーザーが示しているのは具体的にどういうことかなど、口頭で質問をして確認しながら、エンジニアが理解しやすい英文へ翻訳をしています。

倉庫のシステムについては大まかに理解をしていますし、問い合わせの内容もある程度決まっているため、翻訳者としての経験がなかった私にとっては取り掛かりやすい仕事でした。

また勤務地は千葉県にあり、同県内の自宅から勤務地までの田舎道を車で通勤しています。都心に住んでいると通勤が大変かもしれませんが、自然に恵まれた環境で得意な英語を使ってお仕事ができていることも、私にとっては非常にありがたいです。

Q.5 「翻訳者」としてのご経験がなかったとのことですが、お仕事をされていて大変だと感じることはありましたか。また翻訳をする際に気を付けていることなどあればお聞かせください。
まず大変だったことは、問い合わせメールの内容で理解が困難な部分については、エンジニアに確認を取りながら作業を進めるのですが、彼らが話す独特な訛りのある英語が聞き取れなかったということです。理解ができるまで何度も繰り返し質問をし、ときには彼らが話す英語を使ってみるなどしてコミュニケーションを取りながら次第に理解できるようになりましたが、耳が慣れるまでは大変でした。

翻訳をする際に意識していることは「読み手が理解しやすいように」ということですが、これは当たり前のことですよね。エンジニアは曖昧な表現をしませんので、例えユーザーが抽象的な表現を用いていても、できる限り具体的な表現に置き換えることを意識して取り組んでいます。

Q.6 お仕事をされていて楽しいと感じることや、やりがいはどのような部分にありますか。
私が所属する「通翻訳チーム」のメンバーは、倉庫にいる私たち以外は本社に勤務しています。私は倉庫内で発生するメール翻訳を主に担当していますが、本社の仕事も対応させて頂く機会があります。本社の翻訳業務には、各部門からの様々な依頼が含まれているため、非常に勉強になります。また「チームの一員として働いている」ということを改めて実感でき、翻訳作業自体は個々で取り組みますが、自分が働くことでチームのサポートとなるということにやりがいを感じます。「もっと役に立ちたい」という思いも膨らみ、モチベーションが上がりますね。

Q.7 現在取り組んでいることなどありますか。
『小さな習慣』という本に影響を受け、取り組んでいることが二つあります。

一つ目はシャドーイングです。現在は翻訳業務を主に担当していますが、勤務をしている倉庫内でビジターへのツアーが開催されることもあり、その際には通訳業務も発生します。もし私が通訳業務も対応することができれば、よりチームの役に立てるのではないかと考え、自己流ですが密かにトレーニングをしています。

二つ目はランニングです! 東京を離れる前、私は精神的、肉体的に疲弊し、体調を崩していました。スウェーデンやイランで自然に恵まれた生活をする中で、心と身体の健康を取り戻すことができ、改めて「健康」の大切さに気が付きました。日本に戻ってからは仕事も再開したため、運動する時間が減ってしまいましたが、健康維持のためにランニングを習慣にしたいと考え取り組んでいます。

この本では、目標をとても低いところに設定し「毎日続けられること」に重きを置いています。例えば、初めから「1日3キロ走る」などと目標を設定するのではなく、「ランニングウェアに着替えて外に出る」などという最低限の目標設定でいいそうです。敷居を低くすることで、私も週4〜5日のランニングを続けることができています。

Q.8 『小さな習慣』とても興味深いです。なんでも「習慣にする」ことが大切なのですね。それにしても大西さんはエネルギーに溢れていますね。
自分で言うのもおかしいですが、今は色々なことに興味があり、挑戦してみたいとエネルギーに溢れています! それもイランでの生活があったからだと思います。

経歴だけを見ると、何年も仕事をしていないのでマイナスに捉えられてしまうかもしれません。イランに渡った当初は、私自身もこの先どうなってしまうのかと、常に不安は感じていました。しかし、充電期間と捉え、心と身体をしっかりと休めた結果、以前よりも仕事へ取り組む意欲や向上心が増したように感じています。

一般的に大学を卒業してから定年まで働くと、約40年は仕事をすることになりますよね。

キャリアに差が出てしまうかもしれませんが、例え途中で10年間のブランクがあっても、健康な身体と心を持っていればどのようなことにも挑戦はできると、実感しています。

12年前に東京を離れず、当時の生活を続けていたら、現在のように毎日充実して仕事をすることができていなかったかもしれません。

人生は短く、一度きりです。「健康で、人生を味わうこと」をモットーにこれからも挑戦を続けていきたいです。

Q.9 とても素敵なお考えですね。大西さんとお話をしていると、元気を頂きます!大西さんには趣味があると聞きました。作品を見せて頂いてもよろしいでしょうか。
こちらはトルクメンの伝統的な刺繍です。夫の母が刺繍の名士だったのでイランで生活をしているときに習いました。イランでは、牧畜や家事などの仕事が終わると、女性たちが集まって刺繍をしていました。今現在の日本の生活では、趣味のために多くの時間を割くことができませんが、細々と続けています。左は「サソリ」、右は「蜘蛛」をイメージした伝統的な模様を用いて自分でデザインしました。とても美しい刺繍なので、多くの方に知って頂きたいと思い、現地の女性が作った作品をインターネットで販売しています。一度だけ日本で展示会も開いたこともあります。

Q.10 とても美しいですね。元々刺繍が好きだったのですか。
刺繍は嫌いではなかったですが、以前にデザインの勉強もしていたので、伝統的な模様やそのルールなどを知るうちにその虜になりました。

使用する糸の色にもルールがあります。ベースとなる布に対して赤・青・白・緑と効果的な配色が決まっているので、そのルールに則りデザインをしました。刺繍の腕前はまだまだなので練習をしなければならないのですが、奥が深くて面白いです。

Q.11 大西さんの将来のビジョンについてもお聞かせください。
しばらくは日本で生活をし、翻訳の仕事を続けていけるようにスキルアップしていきたいです。また私自身の可能性を探るため、通訳の勉強にも取り組みたいと考えています。

本音を言うと、イランに戻り動物たちとの生活を再開したいという思いもありますが、今は現実的ではないので、できる限り日本の自然の中に身を置き、仕事をしながら生活ができれば幸せです。

 

【編集後記】
イランでは、ほかの日本人が暮らしていない地域にお住まいだったため、朝日放送テレビ「世界の村で発見! こんなところに日本人」という番組の取材を受けたことがあるそうです。スウェーデンやイランでの生活を記した大西さんのブログも非常に面白いので、ぜひご覧ください!
・大西さんのブログ

砂漠人:http://sabakujin.blog55.fc2.com/

砂漠人2:http://sabakujin.jugem.jp/

砂漠人3:https://sabakujin.exblog.jp/

砂漠人4:http://sabakujin4.jugem.jp/

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テンナイン・コミュニケーション編集部です。
通訳、翻訳、英語教育に関する記事を幅広く発信していきます。

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