TRANSLATION

第139回 出版翻訳家インタビュー~青山南さん 後編

寺田 真理子

あなたを出版翻訳家にする7つの魔法

第138回に引き続き、出版翻訳家・エッセイストの青山南さんからお話を伺います。好きな絵本作家や翻訳家志望者へのアドバイスなどについて伺いました。

寺田:多数の絵本を翻訳されていますが、その中でもお気に入りの作品や好きな作家について教えてください。

青山:好きな作家は、初めからお世話になっているレイン・スミスです。でも、やらせていただいた作品の作家は、だいたい好きですね。あまり自分としては良さがわからない場合でも、訳したものを子どもとか知り合いから「面白かった」と言われると、その作家のことを「いいじゃん、いいじゃん!」なんて、気に入ったりします。子どもといえば、『アベコベさん』は子どもの人気がすごいです。あと、絵がきれいな作家も好きですね。『エイモスさんがかぜをひくと』の作者エリン・E・ステッドもそうですよね。『アランの歯はでっかいぞ こわーいぞ』『トロピカルテリー』の作者ジャーヴィスも絵がきれいですね。エリン・E・ステッドの繊細な感じとはまた違う種類の、色のきれいさがあります。非常に鮮やかです。最近では理科的な教育絵本を2冊手がけました。生きものがいかに環境に適応しているかを描いた『蛾 姿は変わる』と、生きものが死んだらどうなるかについての『キツネ いのちはめぐる』です。どちらもダニエル・イグヌスの絵が素晴らしかったです。『ミツバチたち』も教育的な絵本ですが、やはり絵がきれいですよね。

寺田:はい。絵の魅力も大きいですよね。『ピーターとペーターの狭間で』によると、「訳しているうちに、相手の作家にますます惚れていく場合と、どんどん嫌いになって、ついには憎悪すら抱くケースの、ふたつがある」そうですが、絵本の場合も嫌いになるケースがありますか。

青山:絵本は分量が少ないので、作者を嫌いになるところまでいかないです。「こういう作家なんだな」と思うことはあっても、嫌いにはならないですね。小説だと、たとえば訳しながら「ぐだぐだ20行も書かなくても、こんなの3行ですむだろう」とか思ったりすることもありますが、絵本はもともと3行くらいですから(笑)

寺田:たしかに(笑)。3行と言えば、『ピーターとペーターの狭間で』によると、昔は「一日に三行か四行しか訳さない、いやちがった、訳せない孤高の翻訳者」だったそうですが、そこから大量の翻訳を手がけられるように飛躍する転機が何かあったのでしょうか。

青山:飛躍といっても3行が3ページになったくらいでしょう(笑)。昔はヨコのものをタテにするのにビビりっぱなしだったんですが、場数を踏んで思いきりが良くなったんでしょうね。「気にしててもしょうがない」と居直って自分を励ますというか。自分のオリジナルの文章であれば、「つまらないよ」と言われても「そうですか」ですみますが、翻訳の場合はオリジナルがあって、それを読める人がいて、「あなたの翻訳は違ってるよ」と言われてしまう可能性があるわけですよね。そういう極めつけの批判の言葉があるので、翻訳家は常に気にはしていると思います。

寺田:この連載の読者の中には、翻訳家を目指して勉強を続けながらも、長年デビューできない方も多くいらっしゃいます。そんな読者に向けて、アドバイスをお願いいたします。

青山:絵本の場合は難しいと思いますが、大人向けの本であれば、直接出版社に持ち込むというのもあると思います。まわりにも実際それでデビューした人もいますし、何人かの編集者からも、持ち込み企画を出版した話を聞いています。売り込みは、やっても無駄ではないと思います。熱心に売り込んでいると、何かの機会に「じゃあ、この本を読んでみる?」とレジュメや試訳を頼まれたりして、仕事のきっかけができますから。そうやっている人は少なからずいます。最初の1、2冊が大事ですね。その評判が良ければ、つまり売れるという意味ではなくて業界関係者に注目してもらえればという意味ですが、次の仕事につながっていくでしょう。売り込みもA社がダメならB社、B社がだめならC社、とやることです。日本では昔は紹介がほとんどで売り込みは少ないと言われていましたが、今は積極的に自分から売り込む人が増えています。出ている本の数も多いですし、編集者も追いつかないんです。絵本ならばパッと見て編集者の勘で判断できるものですが、大人向けの本は文章のみなので、リーディングが必要になってきます。だから売り込みも大事ですね。熱意を示すことです。しつこくならない程度にしつこく(笑)

寺田:そのバランスが難しいところですね(笑)。ところで青山さんのお兄さまは詩人の長田弘さんでいらっしゃるんですよね。ご兄弟で文学の世界で活躍されていることに驚きました。ご両親が文学者など、そういうご家庭の環境があったのでしょうか。

青山:父親は数学の先生でした。母親は小学校の家庭科の先生だったんです。ごく普通の教育ママでした。兄とは10歳離れていて、私が小学校のときには兄はもう大学生でしたので、あまり交流はないんです。好意的に仕事を眺めてくれていましたし、すぐれた詩人でしたので少なからず影響を受けているとは思いますが、直接指導を受けたりとかはなかったです。おもしろいことに、ジョン・バーニンガムという同じ作家の絵本の翻訳をふたりとも手がけていたりしますが。

寺田:そうだったのですね。「青山南」はペンネームとのことですが、どうしてこういうお名前にされたのでしょうか。左右対称ですごくきれいな字面という印象が強いのですが、そういうところから考えられたのでしょうか。

青山:最初に仕事をやったときに住んでいた場所が南青山だったので、記念にその地名を使いました。当時は青山南町と呼ばれていたんです。「南」という名前はたいてい女性なので、よく女性だと間違えられます。以前に早稲田大学で教えていたときには、新学期になると、学生は女性の先生を期待しているので、私がドアを開けて入っていった瞬間にがっかりした顔をするんですよ(笑)

寺田:私も最初はてっきり女性だとばかり思っていました。特に『エイモスさんがかぜをひくと』はやわらかい印象の作品なので、それもあって……。さて、最後に、ご自身の作品の中で、読者におすすめのものをご紹介ください。

青山:レイン・スミスのナンセンス絵本『くさいくさいチーズぼうや&たくさんのおとぼけ話』は、プロを目指す方にはぜひ読んでいただきたいです。お子さんがいる方には、子どもに人気の『アベコベさん』『アボカドベイビー』をおすすめします。

寺田:どの作品も個人的に大好きですので、ぜひ読者のみなさんにも読んでいただきたいです。本日はありがとうございました。

大好きな絵本『エイモスさんがかぜをひくと』を拝読して以来、青山南さんのお名前がずっと心の中にありました。そんな青山さんに実際にお話を伺うことができ、幸せなひとときでした。本書の続編を現在手がけられているとのことで、発売を心待ちにしています。コロナ禍のためパーティション越しにマスクでのインタビューで申し訳なかったのですが、終始楽しげな雰囲気をまとってお話をしてくださいました。お忙しい中お時間をとってくださった青山さん、本当にありがとうございました!

※青山さんの最新作は『蛾 姿はかわる』『キツネ 命はめぐる』の2冊です。10月25日に発売になります。

※新刊『心と体がラクになる読書セラピー』が発売中です。

※この連載を書籍化した『翻訳家になるための7つのステップ 知っておきたい「翻訳以外」のこと』が発売中です。電子書籍でもお求めいただけますので、あわせてご活用くださいね。

Written by

記事を書いた人

寺田 真理子

日本読書療法学会会長
パーソンセンタードケア研究会講師
日本メンタルヘルス協会公認心理カウンセラー

長崎県出身。幼少時より南米諸国に滞在。東京大学法学部卒業。
多数の外資系企業での通訳を経て、現在は講演、執筆、翻訳活動。
出版翻訳家として認知症ケアの分野を中心に英語の専門書を多数出版するほか、スペイン語では絵本と小説も手がけている。日本読書療法学会を設立し、国際的に活動中。
ブログ:https://ameblo.jp/teradamariko/


『認知症の介護のために知っておきたい大切なこと~パーソンセンタードケア入門』(Bricolage)
『介護職のための実践!パーソンセンタードケア~認知症ケアの参考書』(筒井書房)
『リーダーのためのパーソンセンタードケア~認知症介護のチームづくり』(CLC)
『私の声が聞こえますか』(雲母書房)
『パーソンセンタードケアで考える認知症ケアの倫理』(クリエイツかもがわ)
『認知症を乗り越えて生きる』(クリエイツかもがわ)
『なにか、わたしにできることは?』(西村書店)
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『ありがとう 愛を!』(中央法規出版)

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『日日是幸日』(CLC)
『パーソンセンタードケア講座』(CLC)

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