TRANSLATION

読者の理解を助ける翻訳テクニック

宮崎 伸治

出版翻訳家による和訳レッスン

今回のレッスンでは、読者の理解を助ける翻訳テクニックをご紹介します。

まずは英文中に略語が使われている例を見てみましょう。

「もし1万ドルを投資するとしたらどこに投資するか?」という質問にたいする答えとして、「土地を買う」と答えた人を1、「新しいビジネスをはじめる」と答えた人を2とすると説明されたあとに続くのが次の英文です。

More than three times as many would plunk it into a CD.

「CD」といえば、コンパクトディスクの略だと思う人が多いでしょう。研究社の新英和中時点を調べてみても、compact disc しか出てきません。CDのまま訳してみましょう。

直訳:3倍以上の人がCDにつぎこむと答えた。

これではコンパクトディスクを買うという意味で受け止める人もいるでしょう。しかし、1万ドルのCDを買うというのは現実的な話ではありません。

さて、こういう場合は英語略語辞典が役立ちます。

研究社出版の『英語略語辞典』で「CD」を引いてみると次のような語彙が出てきます。

1、cash dispenser 自動預金払出機
2、certificate of deposit 譲渡可能定期預金証書
3、civil defense 民間防衛
4、coefficient of drag 空気抵抗計数
5、compact disc コンパクトディスク
6、Conference of Disarmament 軍縮会議

先の例文では内容から2だと解釈するのが最も合理的です。

ここで cerfiticate of deposit の訳語を調べてみると「譲渡性預金」という訳もありました。この訳を採用することとし、訳文を修正してみましょう。

宮崎訳:3倍以上の人が譲渡性預金に預け入れると答えた。

次に英語話者にしかわからない番組名の訳したかたを考えてみましょう。

英語の書籍を読んでいると、その国の人しか知らないテレビ番組や映画などの名前がよく出てきます。日本語のタイトルが出ていればそれをそのまま使うことができますが、出ていない場合はその読み方をカタカナで表記する手もありますが、もっと手を加えたほうがいい場合もあります。その例をご紹介しましょう。

キューバに向かっている飛行機の中でハイジャックが起きた。パイロットはハイジャックされたことを乗客に発表する。さて、どうなるか、という文章です。

They thought it was all a big jock because Allen Funt of Candid Camera had been recognized as one of the passengers.

直訳:乗客はすべて冗談だと思っていた。というのも『キャンディッド・カメラ』のアレン・フントが乗客のひとりだとわかっていたからだ。

アメリカ人なら『Candid Camera』がどんな番組であるか知っている人も多いでしょうが、日本人だと知っている人のほうが少ないでしょう。これは日本でいえば昔の『どっきりカメラ』のような番組です。だからこそ乗客は冗談だと思ったのです。

これを反映して訳を修正してみましょう。

宮崎訳:乗客はすべて冗談だと思っていた。というのも『キャンディッド・カメラ』(注=アメリカ版『どっきりカメラ』)のアレン・フントが乗客のひとりだとわかっていたからだ。

このように、日本ではあまり知られていないと思われる番組の場合で、かつ、それがどんな作品かが文脈を理解する上で重要な場合は注を付けるのも一つの手です。

最近ではインターネットで調べることも可能ですので、わからない場合はまずは検索して情報を拾ってみましょう。

次は読みやすくするために文体を変えたほうがいい例を考えてみましょう。

つぎは「レストランで請求書を渡されたとき、たいていどのように反応しますか」という質問に答えた結果を述べています。

Half of us (50.7 percent) study the bill but only point out a major discrepancy, while 43 percent give their card or money with a mere perfunctory glance. Just 6.4 percent admit they scrutinize the tab and point out ANY errors.

直訳:私たちの半分(50.7%)は請求書をじっくりと見るものの、大きな違いだけを指摘するが、43%はちらっと見ただけでカードかお金を渡してしまう。わずか6.4%が勘定書をしっかりと見て、どんな小さなまちがいでも指摘します。

文体を変えずに訳すとこのような訳になるのですが、これではスッと頭に入ってきません。ここで一文一文を独立させてみましょう。

修正訳:50.7%は請求書をじっくりと見るものの、大きな違いだけを指摘する。
43%はちらっと見ただけでカードかお金を渡してしまう。
わずか6.4%が勘定書をしっかりと見て、どんな小さなまちがいでも指摘する。

しかし、これはアンケート結果であることから、数字を目立たせたほうがいいでしょう。そのために数字を最後にもっていきましょう。

宮崎訳:
請求書をじっくりと見るものの、大きな違いだけを指摘する・・・50.7%。
ちらっと見ただけでカードかお金を渡してしまう・・・43%
勘定書をしっかりと見て、どんな小さなまちがいでも指摘する・・・6.4%

今回は読者の理解を助ける翻訳テクニックをご紹介しました。

拙書『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(三五館シンシャ)が発売中です。出版翻訳家(およびその志望者)に向けた私のメッセージが詰まった本です。参考まで手に取っていただければ幸いです。

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記事を書いた人

宮崎 伸治

大学職員、英会話講師、産業翻訳家を経て、文筆家・出版翻訳家に。産業翻訳家としてはマニュアル、レポート、契約書、パンフレット、新聞記事、ビジネスレター、プレゼン資料等の和訳・英訳に携わる。
出版翻訳家としてはビジネス書、自己啓発書、伝記、心理学書、詩集等の和訳に携わる。
著訳書は60冊にのぼる。著書としての代表作に『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(三五館シンシャ)が、訳書としての代表作に『7つの習慣 最優先事項』(キングベアー出版)がある。
青山学院大学国際政治経済学部卒業、英シェフィールド大学大学院言語学研究科修士課程修了、金沢工業大学大学院工学研究科修士課程修了、慶應義塾大学文学部卒業、英ロンドン大学哲学部卒業および神学部サーティフィケート課程修了、日本大学法学部および商学部卒業。

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