TRANSLATION

ピンとこない比喩はわかりやすい日本語に改める

宮崎 伸治

出版翻訳家による和訳レッスン

英語圏は日本とは言葉が違うだけでなく文化も違いますので、英文を直訳したのではピンとこない比喩は枚挙に暇がないくらいあります。そこで今回のレッスンでは、直訳したのではピンとこない英語の比喩をどう訳すかを考えてみましょう。

さっそく例を見てみましょう。

つぎの英文はある人生論からの引用です。著者は赤ん坊のころ、肥満体であったことを述懐してつぎのように述べています。

I was a fat butterball when I was a baby.

まずは直訳してみましょう。

直訳:私は赤ん坊のころ、太ったバターボールでした。

「バターボール」とは、読んで字のごとく、「ボールの形をしたバター」のことですが、日本語としてはそんなに頻繁に使う言葉ではありません。試しに広辞苑を引いてみても、案の定、載っていませんでした。いつくか英和辞典を引いてみて、やっと「butterball=バターボール」というのが出てきたくらいでした。

上の訳文を読めば、「太ったバターボール」が比喩的に使われていることが分かりますが、日本人になじみのない言葉を使って形容すると、訳文自体が読みにくくなります。「太ったバターボールのようだった」といっても、アメリカ人ならわかるかもしれませんが、日本人にはわかりづらいでしょう。

では、どういう処理の仕方があるでしょうか。

バターボールの形を思い出してみてください。どのような形が思い浮かぶでしょうか。丸々とした形ですね。ならば「バターボールのように丸々としていた」と変えてもいいでしょう。修正してみましょう。

修正訳:私は赤ん坊のころ、バターボールのように丸々と太っていました。

しかし、ここでもう一度考えてみてください。バターボールという言葉が本当に必要でしょうか。どうしても必要という場合なら別でしょうが、省いてもよいという場合は無理に訳文の中に「バターボール」という言葉を入れなくてもいいでしょう。なぜなら入れてしまうと日本語として読みにくくなるからです。

では、「バターボール」を外してみましょう。

宮崎訳:私は赤ん坊のころ、丸々と太っていました。

これでも十分、原文の意味は通じます。

原則として、日本語の辞書に載っていない言葉は、そのまま使うのではなく、ほかの言葉に言い換えるか、省略できる場合は省略するなど、臨機応変に処理することです。ポイントは日本語として読みやすくなるか否かです。読みにくければ、読みやすくなるよう工夫をしましょう。

では、日本語の辞書に載っていれば使っても大丈夫かといえば、そうとも限りません。言葉自体はひんぱんに使われるものであっても、日本人にはわからない比喩が使われている場合は、日本人にわかる表現に変えましょう。

例を見てみましょう。つぎの英文は「色」に関する本からの引用です。

Though our emotional reactions to colors are to some extent “hard wired.”  They are also the result of cultural conditioning.

この英文で訳し方が難しいのはhard wired でしょう。

まずhard wired を英和辞典で調べてみます。すると、つぎのような定義が載っています。

「(論理回路がソフトウエアによらず)ハードウエアにより実現されている」

これをヒントにして訳していましょう。注目していただきたいのはhard wiredです。

直訳:色にたいする感情的な反応はある程度「ハードウエアにより実現されている」ものであるが、また、おのおのの文化の影響を受けている部分もある。

比喩だからこそ、わざわざ「 」を使って、比喩であることを示しているのですが、この訳文だと日本人にはわかりづらいでしょう。

「 」の比喩を取り払って、その概念を自分の言葉で表現したほうがわかりやすい訳になりそうです。では、「 」を取り外すにはどうすればいいでしょうか。

「ハードウエアによるもの」ということは逆にいえば「ソフトウエアによらないもの」ということであり、さらに言い換えれば「変えることができないもの」ということです。この場合でいえば「生まれつきのもので、変えることができないもの」というニュアンスで使われています。それを考慮に入れて訳してみましょう。

宮崎訳:色にたいする感情的な反応はある程度、生まれつき決まっている部分もあるが、また、おのおのの文化の影響を受けている部分もある。

今回のレッスンでは、直訳したのではピンとこない比喩はどう訳せばいいかを検討しました。原則として、日本語の辞書に載っていない言葉は、そのまま使うのではなく、ほかの言葉に言い換えるか、省略できる場合は省略するなど、臨機応変に処理しますが、日本語の辞書に載っている場合も、読みにくいと思われる比喩的表現は、日本人にわかりやすい表現に変えて訳すようにしましょう。

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また、『自分を変える! 大人の学び方大全(仮)』(世界文化ブックス)が2021年12月刊行予定です。お楽しみに。

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記事を書いた人

宮崎 伸治

大学職員、英会話講師、産業翻訳家を経て、文筆家・出版翻訳家に。産業翻訳家としてはマニュアル、レポート、契約書、パンフレット、新聞記事、ビジネスレター、プレゼン資料等の和訳・英訳に携わる。
出版翻訳家としてはビジネス書、自己啓発書、伝記、心理学書、詩集等の和訳に携わる。
著訳書は60冊にのぼる。著書としての代表作に『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(三五館シンシャ)が、訳書としての代表作に『7つの習慣 最優先事項』(キングベアー出版)がある。
青山学院大学国際政治経済学部卒業、英シェフィールド大学大学院言語学研究科修士課程修了、金沢工業大学大学院工学研究科修士課程修了、慶應義塾大学文学部卒業、英ロンドン大学哲学部卒業および神学部サーティフィケート課程修了、日本大学法学部および商学部卒業。

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