TRANSLATION

こなれた訳文にする工夫(8)

宮崎 伸治

出版翻訳家による和訳レッスン

今回も前回に引き続き、大胆な意訳をしなければならなかった事例を取り上げてみたいと思います。以前にも取り上げたことがありますが、私が若かりし頃に訳した既刊訳書『人生の処方箋』から実例を挙げて考えてみます。原書はポール・キーナンという神父さんが書いたGood News for Bad Daysです。

最初の例を見てみましょう。

Finding your soul means getting to the heart of the processes of living and knowing.

ここでの鍵は「the processes of living and knowing」をどう日本語として読みやすく訳すかです。そのまま直訳すると「生きるプロセス・知るプロセス」となりますね。じつは私は最初そう訳していたのです。私が最初に編集部に提出した訳は次のとおりです。

宮崎の最初の訳:「魂を見つけるということは、生きるプロセス・知るプロセスの核心にせまるという意味である」。

この訳文を提出したところ、編集者から修正を求められました。考えてみれば、たしかに「生きるプロセス・知るプロセス」では日本語として不自然な感じがします。日本人が日本語で書いた本にこんな言葉は見つかりそうにないですからね。いくら原文がthe processes of living and knowingだからその通りに訳したのだと言い訳をしたところで、読みにくいままだとゴーサインがもらえるわけはありません。

さて、そこで修正をしなければならなくなったのですが、どう修正すべきでしょうか。こういうときは原文から離れて、原著者が言わんとしていることを自分なりに解釈してそれを自分の言葉で表現するしかありません。そこで頭を悩まして「生きるプロセス・知るプロセス」を日本語として自然な表現に言い直したのが次の訳です。

宮崎の修正後の訳:「魂を見いだすということは、人生の核心に触れることである」。

これで編集者からゴーサインが出ました。しかし、20年以上の歳月を経た今、この訳文を読み直してみると、「人生の核心に触れる」とは一体何のことだろうという疑問が湧いてきました。一見、読みやすい日本語になったようでいて、スッと頭に入ってこないのです。

では、スッと読みやすくするにはどうすればいいでしょうか。the processes of living and knowingをいくら眺めてもなかなか良い訳が思い浮かびません。こういう場合、スッと読みやすくするには、大胆に訳してみるのも一つの方法です。もちろん意図的に間違った訳にするのは御法度ですが、スッと理解できない日本語をそのままにしておくのは良くありません。原文の解釈のしかたは人それぞれですが、今の私だったらこう訳すでしょう。

宮崎が再考後の訳:「魂を見いだすということは、心からやってみたいことを見つけ、それを実際にやることである」

もう一つ例を挙げてみましょう。この文に出るMauraという人は原著者であるポール・キーナン氏の知人ですが、彼女は自殺をしてしまい、ポール・キーナン氏がそのことに責任を感じていたときからsoulful shift ができたということが書かれています。

このsoulful shiftをどう読みやすい日本語にするかがポイントの1つです。さらに、その次の文は全体的に訳しにくいですが、これもどう読みやすい日本語にするかもポイントです。どうすれば読みやすくなるか考えてながら訳してみましょう。

I felt a soulful shift from blaming myself or others or even being angry with Maura herself.     My soul was focusing elsewhere, and it was feeling lighter.

まずは私が最初に編集者に提出した訳文を見てみましょう。

宮崎の最初の訳:「私は、自分自身や他人を責めたり、モーラ自身に怒りを感じたことから霊的な変化を感じた。私の魂はどこにでも焦点を当てることができる。そしてそれはより軽く感じることができる」

いま読み返してみても、修正を要求されるレベルの訳にしかなっていませんでした。そこで当時の私は頭を捻って、「霊的な変化を感じた」の箇所を「精神的に変った」に修正し、「私の魂はどこにでも焦点を当てることができる。そしてそれはより軽く感じることができる」の箇所を「私の魂は自由になり、軽くなった」に修正し再提出したところ、ゴーサインが出ました。

宮崎の修正後の訳:「私は、自分自身や他人を責めたりモーラに怒りを感じたりしていた頃から比べれば、精神的に変わった。私の魂は自由になり、軽くなった」

ただ、今の私がこの訳文を見直してみると、「私の魂は自由になり、軽くなった」の箇所には自分自身、合格点は出せません。分かるようで、なんだかスッキリこないからです。今の私なら「私の魂は自由になり、軽くなった」の箇所をもっと大胆に「気がかりなことが何もなくなり、気が楽になったのだ」と意訳することでしょう。

宮崎の再考後の訳:「私は、自分自身や他人を責めたりモーラに怒りを感じたりしていた頃から比べれば、精神的に変った。気がかりなことが何もなくなり、気が楽になったのだ」

今回も前回に引き続き、大胆な意訳をせざるを得なかった例をあげて解説してみました。

ひろゆき氏等多くのコメンテーターに対して翻訳業界の現状を語る番組に出演した際の動画が無料で視聴できる。

https://abema.tv/video/episode/89-66_s99_p3575(ABEMA TV)。

また「大竹まことのゴールデンラジオ」に出演したときのようすが、次のリンク先のページの「再生」ボタンを押すことで無料で聴くことができる。

http://www.joqr.co.jp/blog/main/2021/03/110.html

 

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記事を書いた人

宮崎 伸治

大学職員、英会話講師、産業翻訳家を経て、文筆家・出版翻訳家に。産業翻訳家としてはマニュアル、レポート、契約書、パンフレット、新聞記事、ビジネスレター、プレゼン資料等の和訳・英訳に携わる。
出版翻訳家としてはビジネス書、自己啓発書、伝記、心理学書、詩集等の和訳に携わる。
著訳書は60冊にのぼる。著書としての代表作に『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(三五館シンシャ)が、訳書としての代表作に『7つの習慣 最優先事項』(キングベアー出版)がある。
青山学院大学国際政治経済学部卒業、英シェフィールド大学大学院言語学研究科修士課程修了、金沢工業大学大学院工学研究科修士課程修了、慶應義塾大学文学部卒業、英ロンドン大学哲学部卒業および神学部サーティフィケート課程修了、日本大学法学部および商学部卒業。

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