TRANSLATION

聖書を所有しておく意義

宮崎 伸治

出版翻訳家による和訳レッスン

今回のレッスンでは、英和翻訳をする人に聖書を手元に置いておくことをお勧めしたいと思います(宗教的な理由としてではなく、あくまで翻訳家としていい仕事をするためにです)。

聖書の知識は、英語力や日本語力、翻訳のテクニックと比べれば、翻訳をする上での重要度は低くはなりますが、あるに超したことはありません。特に、クリスチャンが書いた本を訳すときは、必須といっても過言ではありません。

かくいう私はミッション系の大学出身でありながら、大学在学中のみならず翻訳家になってからも聖書とは無縁の生活を送っておりました。今から思い返してみれば、よくまあ、それでクリスチャンが書いた本を翻訳出版していたものだと冷や汗ものです。

読者の中には、「クリスチャンが書いた本でなければ、聖書の知識なんてなくたって大丈夫ではないの?」と反論する人もいらっしゃるかもしれませんので(何を隠そう、私自身、昔はそう思っておりました)、翻訳家W・A・グロータースの言葉をご紹介したいと思います。彼はこう指摘しています。

「聖書とはおよそ関係のない本や論文のなかで、筆者がひょいと聖書を引用することがある。それも、時には、聖書からという断りなしに引用していることさえある。だから、訳者はつい見逃してしまって、誤訳を犯すことになるのである」

実際そのような例があるものです。聖書の知識がなければ、聖書に関連すること自体に気付きようがないので、聖書の知識などなくても大丈夫だと思うかもしれませんが、実際は聖書の知識がないばかりに誤訳を犯すというケースだってあるのです。

では、恥を承知で、若かりし頃に私が犯したミスをお話しすることにします。

まず次の文をお読みください。

There is a story in the Book of Genesis about a stranger who commences to wrestle with Jacob.  Jacob appears to be winning, so the stranger proceeds to dislocate Jacob’s hip.  Since he is still losing, the stranger begs Jacob to let him go. (創世記の中に、ヤコブと取っ組み合いを始める男の話がある。ヤコブが優勢だったので、その男はヤコブの腰を脱臼させようとした。しかし依然としてヤコブが優勢だったので、ヤコブに逃がしてほしいと頼んだ)。

この後で問題となる英文が来るのですが、あなたならどう訳すでしょうか。

Jacob replies, “I will not let you go unless you bless me.”

聖書の中にこのセリフがあるとは思わなかった私は、聖書を確かめることもせずに、この英文を次のように訳しました。

宮崎の最初の訳:ヤコブは、「私に感謝しないうちは、逃してやらない」と答えた。

ところが、返ってきたゲラを見てみると、この箇所に編集者が「創§32 23~33」「祝福してくださるまでは離しません」と手書きしてありました。ガーン。これで私が聖書をチェックしていなかったことがばれてしまいました。

聖書からの引用は既存の日本語訳をそのまま引用しなければならないという規則があるわけではありません。ただ、既に聖書訳が存在しているわけですから、その訳を使ったほうがいいでしょう。聖書訳からかけ離れた訳にしていると、読者から「この人は聖書を読んだことがない人」だと見透かされかねません。私の場合、聖書に詳しい編集者だったので指摘していただけましたが、聖書に詳しくない編集者だったら私の最初の訳のまま出版されていた可能性は高いです。もう少しで赤っ恥をかくところでした。

次の例です。同じ原書に次のような箇所がありました。あなたならどう訳すでしょうか。

“Even though I walk through the Vally of Darkness, I fear no evil”, the Psalmist says.

聖書からの引用であることに気づかなかった私は、まずPsalmistを辞書で調べ、「賛美歌作者」という訳語を見つけると、それをそのまま使ったのでした。

宮崎の最初の訳:賛美歌作者は言う。「たとえ暗闇の谷を歩いているときでさえ、私は悪を恐れない。なぜならあなたは私の味方であるから」

返ってきたゲラを見ると、編集者から次のようなコメントが書かれてありました。

「確かにこれは聖歌の詩歌でもあります。聖歌ないし賛美歌は、詩編の詩句を曲にのせたものが多いので」と説明がなされた後に、「賛美歌作者」を「詩編」と直されており、さらに「その文言についても「かなり有名な箇所です。新共同訳をそのまま使ったほうがいいかも」と指摘されていました。ガーン。

先ほど、「聖書の知識はあるに超したことはない」と述べました。言い換えれば、聖書の知識は絶対なくてはならないというわけでもない、ということにもなります。実際、私の場合、聖書の知識はゼロでもなんとかなっていました。しかしそう思う私でさえ、自宅に聖書を所有しておくことは必須だと言いたいのです。必要が生じたときに図書館やネットで調べればいい…という考え方をする人もいるかもしれませんが、図書館に行くのには時間も労力もかかりますし、ネットの情報は信頼性に疑問符がつくものもあるからです。

以上、英和翻訳をする人は聖書を手元においておいたほうがいいというお話でした。

ひろゆき氏等多くのコメンテーターに対して翻訳業界の現状を語る番組に出演した際の動画が無料で視聴できる。

https://abema.tv/video/episode/89-66_s99_p3575(ABEMA TV)。

また「大竹まことのゴールデンラジオ」に出演したときのようすが、次のリンク先のページの「再生」ボタンを押すことで無料で聴くことができる。

http://www.joqr.co.jp/blog/main/2021/03/110.html

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記事を書いた人

宮崎 伸治

大学職員、英会話講師、産業翻訳家を経て、文筆家・出版翻訳家に。産業翻訳家としてはマニュアル、レポート、契約書、パンフレット、新聞記事、ビジネスレター、プレゼン資料等の和訳・英訳に携わる。
出版翻訳家としてはビジネス書、自己啓発書、伝記、心理学書、詩集等の和訳に携わる。
著訳書は60冊にのぼる。著書としての代表作に『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(三五館シンシャ)が、訳書としての代表作に『7つの習慣 最優先事項』(キングベアー出版)がある。
青山学院大学国際政治経済学部卒業、英シェフィールド大学大学院言語学研究科修士課程修了、金沢工業大学大学院工学研究科修士課程修了、慶應義塾大学文学部卒業、英ロンドン大学哲学部卒業および神学部サーティフィケート課程修了、日本大学法学部および商学部卒業。

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