TRANSLATION

Tradosと用語統一

すみす

Tradosとぼくと東京タワー

みなさま、こんにちは。

前回は翻訳メモリの説明を中心に「作業の効率化」について話しました。今回は「翻訳メモリ」と並ぶTradosの基本機能の一つ「用語ベース(Term Base)」に触れながら、Tradosを使用する二つ目のメリット「翻訳品質の維持・向上」について話していきたいと思います。

そもそも翻訳品質はどのように評価されるものでしょうか。もちろん、誤訳や訳抜けがないことは大前提です。一つの指針として文章の「読みやすさ」があると思います。私の個人的な考えですが、翻訳は人に読まれることで初めて意味をなすため、読者に寄り添った読みやすい文章を意識することが重要だと思います。ただ、読者というのは個々人のバックグラウンドや個人の好みによって、「読みやすい」の基準は変わってしまいます。さらに、同じ読者であっても、資料の性質によって「読みやすさ」への期待値は変わります。例えば、操作マニュアルなどは簡潔な文章が好まれますし、パンフレットのような広報資料は商品・サービスをイメージさせるような文章が好まれます。この辺りの議論は翻訳に限らず、文章論等でもよく語られる内容なので、個人的にはあまり深入りしたくないところでもあります。

また、翻訳の面白さは「読みやすさ」に加えて、原著者の存在が大きいかと思います。良い翻訳は決して独りよがりに自分色に染め上げるだけではなく、原著者にも寄り添った原文のニュアンスを尊重した翻訳なのだと思います。これは噂を聞いた話ですが、原著者の気持ちを考えるあまり、翻訳作業中は原著者になりきって、ある種トランス状態で翻訳されるような方もいるとかいないとか。

用語統一
前振りが長くなりましたが、先ほど述べた通り、「読みやすい翻訳」は読者の好みによって分かれるところがあります。ですが、「良い翻訳」を維持する要件も確かに存在しています。その要件の一つとして、用語の統一があります。マニュアルや契約書、パンフレットその他、産業翻訳で使用される一般的な文書では、一つの用語に対して、一つの訳を当てることが望ましいと言えます。

前回の例文を使用して、用語統一の大切さを確認してみましょう。

■例文1
原文「Requirements and guidance, refer to A1.1」
訳文「要求事項及び指針についてはA1.1を参照する」

■例文2
原文「Requirements and guidance, refer to B1.1」
訳文「要件およびガイダンスについてはB1.1を参照する」

例文1と例文2を見比べると、原文では「Requirements and guidance」と同一の語句が使われているにも関わらず訳文では「要求事項及び指針」(例文1)、「要件およびガイダンス」(例文2)と異なる語句が使われていますね。「要求事項」と「要件」、「指針」と「ガイダンス」。確かに、どちらとも訳としてよく使われる用語です。しかし、同一の文書内で訳語が混在してしまうと、読者は用語毎に原文の意味を推測し、場合によっては原文に立ち返って意味を確認する必要があります。結果として、用語の不一致は内容を確認・理解するうえで読者の大きな負担となり、時には読者に誤った解釈を与えてしまう可能性さえあります。

上記の例では、まだ意味を推測しやすいかもしれません。しかし、特殊な社内用語や業界の専門用語が正しく訳出されていない場合、その環境に慣れた読者にとってひどく読みにくい文章となり、読者の理解度が著しく低下してしまいます。

では、用語統一はどのように担保されるのでしょうか。通常、用語統一は語句ごとに日英対訳でExcelなどにまとめられた用語集を参照しながら進めていきます。手作業で翻訳を進める場合は、作業中のファイルで気になった用語に遭遇するたびに、用語集ファイルで検索・確認します。少量の文章であれば、参照回数も少なく済むかもしれません。ですが、100ページにもわたる資料を翻訳する際には、何百、何千回も作業ファイルと用語集を行き来することになるでしょう。さらに、どの用語を検索するかは翻訳者の直感に頼るところが大きく、確認漏れのリスクと隣り合わせの作業となってしまいます。

一方で、Tradosに備わっている用語ベースという機能を効果的に使用できれば、用語集を何度も参照するような煩わしい作業から解放されるかもしれません。では用語ベースとはどのような機能なのでしょうか。

用語ベース
用語ベースは「用語や句を登録するデータベース」です。イメージとしてはこれまで話してきた用語集を想像していただければと思います。おさらいになりますが、翻訳メモリは「原文と訳文を文章単位で登録するデータベース」でしたね。また、用語ベースは翻訳メモリとは異なり、用語が自動的に蓄積されるものではありません。事前に準備した語句を用語ベースに加えていく必要があります。ちなみに、「Glossary Converter」といった外部アプリケーションを使用することでExcelファイルの用語集を用語ベースにインポートすることができます。

実際の運用方法について、いつもの例文を参考に見てみましょう。

原文「Requirements and guidance, refer to A1.1」

用語ベースに「Requirements and guidance」=「要求事項及び指針」が既に登録してある場合、登録済みの用語が本文中にあると自動的に訳語の候補として「要求事項及び指針」をウインドウに表示してくれます。また、該当箇所に赤線を引いてくれるので、長い文章であってもどの用語が登録されているかすぐに確認することができます。

翻訳メモリにくらべると機能がシンプルで、イメージし易い分、驚きが少ないかもしれません。ですが、用語集の検索時間を短縮し、確認漏れを防ぐことができる用語ベースは縁の下の力持ちのような存在だと思います。

今回までのお話でTradosの代名詞とも言える2つの主要機能を紹介しました。次回からはメリット・デメリットを含めたTradosに関するよもやま話を少しずつ紹介できればと思います。

 

※本ブログはコーディネーターの個人的な解釈に基づいています。
Tradosに関する公式情報は以下販売元のSDL社HPをご覧ください。
SDL Trados Studio 製品ページhttps://www.sdltrados.com/jp/products/trados-studio/
SDL Trados Studio紹介ブログhttps://www.sdltrados.com/jp/blog/category/sdl-trados-studio.html

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記事を書いた人

すみす

埼玉大学大学院人文社会科学研究科を卒業後、翻訳コーディネーターとしてテンナイン・コミュニケーションに入社。大学院ではドイツ文学を専攻し、文献学の観点からカフカを研究。
現在は翻訳コーディネーターとしてTradosに悪戦苦闘中。
趣味はヨーロッパ作品を中心に読書と映画鑑賞。ときどきジャズと短歌。

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