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Training Global Communicators

Vol.52 「ワークはライフ、ライフはワーク(前編)」

【プロフィール】
宮原美佳子さん Mikako Miyahara
広島県在住。大学を卒業後、システム会社にてSE勤務。二人のお子さんを出産後、一緒にオーストラリア留学。自動車製造企業でのインハウスを経て、現在フリーランス通訳者としてご活躍中。

Q1、語学に興味を持ったきっかけは?
小学校にあがる前に、ブリタニカからでている「もくもく村のけんちゃん」とういう英語教材に出会ったのがきっかけだと思います。紙芝居で、音声はカセットテープがついていました。すごく楽しくて、魔法の国を冒険していく物語を、ぜんぶセリフを覚えるくらい繰り返し聞いていました。けんちゃん以外にも「マコちゃんガコちゃんの冒険」シリーズも同じように聞いていました。当時の英語教育のかけだしみたいな感じでしたね。

Q2、それでは、小さいころから英語がお得意だったのでしょうか?
実は、そうではありませんでした。普通に中学から、英語の勉強を始めましたが、机上の勉強になじめず全然好きではなかったですね。「もくもく村のけんちゃん」の楽しい会話のあとでは、机上でゴリゴリするばかりの英語の勉強に全くなじめなかったんです。
高校を卒業後は国立大学の受験に失敗し、通った中高系列の大学に進学しました。英文科が有名な学校でしたから、流されるままに好きでもないのに英文科に入学しましたが、実は2週間くらい授業を受けた後、GW明けくらいには学校を辞めてしまったんです。机に座ってガリガリとする英語が、どうしても自分の中にすっと入ってこなくて。それよりは数学とかの方が好きでした。でも理転は既に無理なタイミングでしたから、浪人中に一番勉強したのは実は英語だったんです。再度受験した大学では、教育学部に入りましたが、二次試験に英語を選択したものの、そこでは結局やりたかった数学を専攻しました。

Q3、それでは、いつから通訳という仕事に興味をもたれたのでしょうか?
実は、私が通訳というお仕事をきちんと意識し始めたのは、だいぶ後になってのことです。最初の就職先はシステム会社で、結婚、出産を機に5年ほどで退職をしたのですが、その頃からSEの仕事が合っていないような気がしていました。そんなとき、「モクモク村のけんちゃん」の、英語で会話をしながら物語が進んでいく、というイメージが自分の中に残っていて。また、浪人時代にかなり気合いを入れて英語を強化し、入社当初のTOEICでも英文科出身の同期社員よりいい成績だったことに気をよくしていて。勘違いもはなはだしいのですが、何となく「英語できるんじゃないか?」という気になって、学校に行ってみようかな、と思い立ち、怖いもの知らずなことに、最初に行ったのがいきなり通訳学校でした(笑)通訳学校では、入学前に説明会のようなものがあって、そのときに、現役の通訳者さんのお話を聞いたら、素晴らしかったんです。通訳という仕事って楽しそうだな、と感じました。
でも、いざ授業が始まってみると、宿題、授業が厳しくて。2、3回行ってお休み...、その時は半年くらいでに通うのを止めてしまいました。いくら受験で気合いを入れて勉強したといっても、長いブランクがありましたし、持っていた資格は高校2年のときにとった英検2級だけ。正直言ってアルファベットの順番もあやふやでしたから、大変でした。そこで、まず英検の勉強を始めたのが本格的なスタートでしたが、そのころには、もう子供も生まれていました。

Q4、お子様が小さい頃に、海外留学に行かれていますね?
英検1級を取得、TOEICも自然に900オーバーし、ひとまず到達するのが難しいと言われているところまではきました。でも自分の英語が本当に通じるかということがわからず、一度試してみたいという気持ちがありました。海外経験が全くないというのも、ずっと心にひっかかっていて、このあたりでひとつ行っておこうかという感じです。語学の勉強というよりは、そこになるべく長く住んで、体でカルチャーを感じたいというものでした。

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Q5、その間お子さんは、どうされていたんでしょうか?
まず子供の面倒をみてくれるところを探さないといけませんでした。ニュージーランド、オーストラリアのインターナショナル幼稚園に片っ端から電話をして、ようやくゴールドコーストに偶然ですが日本人を受け入れてくれる日本人経営のインターナショナル幼稚園を見つけて留学が決定しました。当時、子供はまだ二人とも小学校に入学前で、下の子はやっと4歳になるところでした。特に下の子は、幼稚園に連れて行くと最初の2週間毎日泣いてしまって、これがもう1週間続いたら諦めて日本へ帰ろうか...、と思ったほどでした。でも、そう思うとなぜか泣き止んでくれるんです。滞在中の半年間は、私自身もそれなりに緊張して過ごしていました。楽しんではいましたが、やはりいざというときは私しか子供を守れませんから。

Q6、実際に通訳のお仕事はいつスタートされたのでしょうか?
留学から戻って、自動車関連の会社で勤めたときに、エクセルを使用してデータベースを整理してほしいということだったのです。ただ、私はもともとSEだったので、会社側がMicrosoft Excelを使用し一ヶ月程度と想定した仕事を、Microsoft Accessを使って3日で終らせてしまったのです。ちょうどその頃、同じ会社の広島郊外にある工場での通訳のポジションが空いていると小耳に挟みました。そこで、是非、その通訳の仕事をやらせてほしい!とお願いしました。通訳学校時代から、展示会やアテンド通訳などの単発のお仕事はいただいていましたが、これが始めての社内通訳でした。

Q7、家庭との両立でご苦労されたことはありませんでしたか?
やはり当時はこどもも小さかったこともあり、社内通訳をしているときは家事との両立でつらい時期もありました。会議があるのは、海外との時差の関係上、朝早くか夜遅くかどちらかで、ときには両方のこともありました。とにかく早く上手くなりたかった私は、片っぱしから進んで対応させていただいていました。無理をして体を壊して入院したこともありましたし、悩んでなかなか言えない気持ちを抱えたこともありました。その頃は、専業主婦だった自分の母親や自分の求める母親像と、実際の自分の姿ややりたいことのギャップに悩み、自分で抱えこんでしまって、誰かに協力を求めるということができませんでした。でも、結局気がついたのは、誰かと妥協するのではなくて、自分の中で折り合いをつけることなんだ、ということです。「全てを完璧になんかできない」ということをちゃんと認めて、体力的にも、精神的にも継続していけるような環境を自分作っていかなければいけない。精神的に自分自身と折り合いをつけることが重要だとわかってからは、周りと話し合いができるようになりました。今の自分があるのは、本当に周囲の方々の協力あってこそ、と感謝しています。

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Q8、忘れられない失敗談などはありますか?
やはり用語の間違いというのはあります。技術の会議に入ったときに「コロテーが、、、コロテーの、、、」と皆さんおっしゃるんですよ。私はさっぱり意味がわからず、何~?と思ってしまったのですが、隣の通訳者さんが、「宮原さん、コロッケ定食じゃないのよ。」と(笑)。転がり抵抗(Rolling resistance)という意味だったのですが、そういう用語での失敗談はだいぶありますね。その会社だけで使われる用語もありますから、社内通訳として一通りの知識を身につけないと、日本語さえ理解できないということが沢山あって苦労しました。そういう失敗はずいぶんありましたね。

Q9、現在、フリーランスでご活躍中ですが、現場で心がけていることはありますか?
用語を知らないところに入るときには、本当に緊張するものです。ペアの方が以前に関連の会議をご経験されている場合、10分、15分交代の間も、丸1日絶対に気を抜きません。以前入られたことのある方は用語をご存知なので、先にペアの方が使っている言葉をよく聞いて、メモを取ります。
事前にいただいている用語集があっても、会議のトピックが違ったら、全然違う用語を使用する場合もあります。もちろん事前にトピックを教えていただければ、できる限りの準備はしていきますが、現場に行ってみると全くトピックが違っていたと言うことは実はよくある話です。そうすると頼みの綱はもう自分の耳のみになりますから、慌てず落ち着いて臨むしか有りませんね。

また、私はよくポジティブ、前向きといわれますが、とてもメンタル面が弱いと自分では思っています。今でも人の三倍くらいは悩んでいるのではないかと思うくらいです。フリーランスになったばかりのうちは、どうしよう、どうしようという気持ちが初めてのお客様の前で出てしまうことがありました。メンタル面の弱さは、どうしても実力から差し引かれてパフォーマンスに出てしまいます。あるときから、もう現場行ったらどうにかするしかない、と思うようになって、どんなお客様の前でもあまり緊張しなくなりました。お客様のコミュニケーションの成立だけに全力を注げば、緊張したり恥ずかしがっているヒマはないという感じになったんです。それで、だいぶ集中力も高まるようになった気がします。一旦お客さんの前にでてしまったら、プロとして仕事をすることが求められますから、やはり不安は見せるべきではないですし、信頼されるようなデリバリーを心がけています。

編集後記:
広島にお住まいにも関わらず、それを感じさせないフットワークの軽さと柔軟性をお持ちの宮原さん。私たちコーディネーターにとっては、今や首都圏の通訳者様と変わらない存在感です!通訳を目指されていて、今は家事とのバランスで悩んでらっしゃる方も、きっと宮原さんのお話に励まされるのではないでしょうか。後編では、通訳の現場で活用されているものや、通訳者間のネットワークについてお話いただいています。
どうぞお楽しみに!


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