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日本通訳学会第9回年次大会

いぬ

通訳・翻訳者リレーブログ

昨年の大阪外語大学(現大阪大学)での開催から早いもので1年、今年も通訳学会の年次大会がやってきました。今回は私も非常勤講師として勤務している大学での開催とあって、土地勘がある分リラックスして望めたと思います。

今回はその内容を一部ご紹介しますが、あくまで私のフィルターを通してのご報告ということで、私自身の考え違いや知識不足による認識の至らなさがあるかもしれないことを、あらかじめお含みおきください。

まずは柳父章先生の基調講演「翻訳の理論と歴史」です。印象に残ったことを列挙します。

・日本では、仏教の経典は翻訳されず、そのまま音読されて今日に至る。(よく分からない「しかし」ありがたい→よく分からない「だから」ありがたい)

・日本では、儒教の経典は漢文訓読という翻訳方で受容。以後、蘭文訓読、英文訓読へと受け継がれる

・日本で言う「漢字」は、中国語の文字ではない。あくまで日本語に取り入れられた「日本語漢字」であり、音も字形も意味も違っている

・日本文化は、漢字を異文明の「未知」な意味を入れる容器として育ててきた。(休憩時間に先生に確認したところ、今はそれに「カタカナ語」も当然加わっているそうです)

・中国の文字を受け入れて日本語で使う際、漢字2字で1語を表す表現方法を使う。「二字造語」。

・二字造語は、まとわりついてくる中国語の意味を日本語と切り離すため。意味的に無関係な漢字の「音」を使った。(万葉仮名もその方式だと思うのですが、質問しそびれました)

・大和言葉は1〜2拍が多い。二字造語は3〜4拍になる。意味が分からなくても、重要な単語だと感じ取れる。ex.「シャカイにおけるコジンのジンケンはビョウドウである」

・カタカナ語も日本語の中で3〜4拍で安定することが多い。ex.「パソコン」「リストラ」「パリコレ」ちなみに翻訳語以外でも、「ガリベン」「モトカノ」など。

続いて総会があり、会の名称を「日本通訳翻訳学会」と改称することになりました。

お昼をはさんで、午後はまず、神戸市外国語大学博士課程の石塚さんの発表です。同時通訳の際に、原語と訳語の違いが出ることに着目し、そこからいかに通訳者がメッセージを表面的な「言葉」を脱却してとらえて処理しているかという内容でした。(・・・と思います)

例に挙げられた通訳例では、agreementを「合意」として訳すのは分かるとして別のところでは「認識」と訳し、しかもこれが文脈から言っても適切な訳なのですが、どういう処理を通してこのような訳語が出せるのか、というようなお話だったと思います。

私はどうしても理論プロパーではなく、「その理論をどう通訳教育(あるいは英語教育)に応用するか」ということを考えてしまうので、「逆に、具体的にどのようなトレーニングをすれば、あのような適切な訳語が出せるようになると思いますか?」というような質問をしてみたのですが、やはり反復練習なのでは、といった回答を頂きました。

次は大東文化大学の田中先生。日本においては、特に大学における「通訳教育」が実質的にその手前の「英語教育」であることを指摘され、今後語学教育研究から得られた知見を通訳教育で活用していくべきであることを指摘されていました。受講者のレベルの話など、膝を打ちっぱなしで、質疑応答も実に有意義でした。

続いて愛知学院大学の中村先生の発表をお聞きしました。「自立した学習者を育成するシラバスデザイン」ということで、通訳や翻訳の授業で行なったアクションリサーチを紹介され、どのようにしたら学生さんに問題点と解決法に「気付いてもらう」かをお話されていらっしゃいました。後期の授業を控えて、これは今回の学会での個人的に大ヒットとなる発表でした。

どうしても「教え込もう」としてしまいますが、授業中にカバーできることは限られている以上、やはり学生さんの「気付き」が大切になるなと改めて思います。読み手や聞き手を想定して発表させ、学生同士でフィードバック、さらに講師からのフィードバックというやり方は、通訳学校の基礎コースなどでも応用できると思います。

その後は青山学院大学の稲生先生で、通訳の授業に使えるインターネット教材をいろいろと紹介していただき、「助かった!」と思いました。現在紹介された教材をサルのように見まくりながら、後期の授業計画を練り直しています。

2日目の個人的ヒットは、国立舞鶴高専の宮崎先生の「スピーキングテストの評価に、リーディングの難易度分析法を利用する」という内容の発表、モントレー大学大学院の武田先生が開かれた「通訳研究における翻訳理論の応用」というワークショップと、東京外国語大学の河原さんによる、「翻訳英文法」の言語学、翻訳学的再評価でした。

スピーキングの評価は、テスティングポイントの設定も難しく、評価そのものの時間もかかるため、曖昧な評価になってしまいがちだったのですが、宮崎先生はリーディング難易度分析法が、実際のスピーチの評価とかなり関連性があるとお話されており、暗闇に光明を見る思いでした。また、指定した時間内に話す語数もかなり正確にスピーチ力を反映するというお話もうなづけます。岐阜大学の寺島先生も、英作文において、書ける語数と英作文力の相関があると書かれていたと記憶していますが、特に初級から中級の学習者において、「量」は実力を測る上で簡便かつ正確なモノサシになると思いました。

武田先生のワークショップは、以前読んだ水野先生の翻訳理論についての資料の非常に良い復習になりました。同時に様々な理論から、どのように新たな立論を行なうのかという、研究の糸口の見つけ方としても、非常に参考になりました。ただ私は理論に弱いので、どれが特に重要な話か見当がつかず、パワーポイントを必死にメモすることに終始してしまいました。もっと勉強せねば。

河原さんの発表は理論派の若手ホープらしく、ボリュームたっぷりの資料と解説があったのですが、池上さんの「する」と「なる」あたりのお話に馴染みがあったぐらいで「まだこんなに知らないことがあるんだなあ」と呆然としてしまいました。

翻訳英文法については、翻訳の勉強をする人の指針の一つとして大いに有効だと個人的には思っており、河原さんもそれを支持する姿勢を示していたので、大いに勇気付けられました。もちろんあれで最終プロダクトとするのには問題がある局面が多いでしょうが、プロが無意識に行なっていた処理を、顕在意識にのぼらせ

解説したという点で、翻訳英文法は画期的だったと思います。

以上、駆け足で振り返った第9回通訳学会年次大会でした。2日間の発表をたっぷりお聞きして、お腹一杯です。しばらくかけて、内容を消化して行きたいと思っています。

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記事を書いた人

いぬ

幼少期より日本で過ごす。大学留年、通訳学校進級失敗の後、イギリス逃亡。彼の地で仕事と伴侶を得て帰国。現在、放送通訳者兼映像翻訳者兼大学講師として稼動中。いろんな意味で規格外の2児の父。

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