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「ビジョン」を持つこと

いぬ

通訳・翻訳者リレーブログ

通訳学校で放送通訳の授業をやってきました。一回完結の授業なのですが、6時間に及ぶ長丁場を生徒さんも頑張って乗り切っていました。通訳する長さが短く、私がいくつかヒントを出す以外には、実際の時差通訳とほぼ変わらない条件で通訳にチャレンジしていただき、パフォーマンスを録音してクラスメート同士でフィードバックをした後に私がフィードバックし、最後に私のパフォーマンスを流します。

通訳経験もなく、英語のレベルから見ても少々大変かなと思っていた方もいらっしゃったのですが、積極的に課題に取り組んでいて頼もしく感じました。私自身、大学時代から通訳学校時代まで(正直な話、今でもそうなのですが)、いつも劣等感に苛まれながら勉強していたので、実力は少々不足していても「食らいついてくる」方についつい目が行ってしまいます。

授業後にたっぷり時間をとって質疑応答したのですが、全体的に通訳者としてどう稼動したいのかという具体的「ビジョン」が持てていないようでした。興味を持ったら、まずは実際に通訳者が働いている姿を見ると良いと思います。通訳付きの講演も探せばたくさんありますし、NHKでは毎日放送通訳のついた海外ニュースを提供しています。

実際にそのような姿を見て(もっとも放送通訳では通訳者の姿は見えませんが)、自分をその姿に重ね合わせ、そこに至るまでにはどのようなことが必要になってくるかを考え、実行する。これが一般的な道筋になってくるように思うのです。

昨日もそんなことを話して帰ってきたのですが、家に戻るとポストにチラシが入っていました。自宅近くに出来る介護施設の職員を募集する内容です。看護士や介護職員の常勤・パートの月給や時給などもハッキリ書いてあって、それを見て考え込んでしまいました。

あれだけ大変な業務内容で、しかも社会的なニーズも非常にある仕事なのに、率直に言うと、もう少し何とかならないのだろうかと感じる額です(もちろん業界の相場というものもあるとは思いますが)。しかも、介護職員の経験者と未経験者は月給にして1万円、時給にして50円しか違いません。積み重ねた「経験」に対する評価がそれだけだとしたら、「経験者」の勤労意欲はどれぐらいかき立てられるものなのでしょうか。

看護士や介護職員を目指して勉強している学生さんもたくさんいると思いますが、あの現実を突きつけられたら、「ビジョンを持つ」こともなかなか難しいのではないでしょうか。もちろん「金銭」だけが勤労意欲の唯一の源だとは全く思っていませんし、もっと崇高な使命に突き動かされて仕事にまい進することがあることも分かっています。しかしやはり、霞を食べて生きていくわけには行かない現実がある以上、ある程度の報酬や勤務体系の整備は必要だと思うのです。しかも、看護士も介護職員も、これからの日本にとってますます大切な仕事になるというのに。

日常感じるこういった様々な「社会のひずみ」があります。しかし、私を含め、大抵の人は自分に直接関係しない限り、それを見過ごしてしまうものです。場合によっては、直接関係していても、目をそらしてしまうことすらあるでしょう。それに対してその問題を抉り出して多くの人々の目の前に突きつける、それがジャーナリズムの一つのあり方だと思います。

ジャーナリストとしてそのようなことを行なう能力は、私自身にはありませんが、せめてそのような能力がある人(ジャーナリスト)がスポットライトを当てた様々な問題の報道に、放送通訳者として微力ながら協力できればと思っています。胸を痛めたり憤ったりしながら、「視聴者の皆さん、聞いてください。こんなことがあったんです」と思いつつ、マイクのスイッチを入れているのです。

そして、そのときに的確な通訳をするためにも、日々の努力を積み重ねていかなければと思っています。浪花節的な話なのは自覚していますが、それが私の抱く理想的放送通訳者の「ビジョン」です。

・・・もちろんなかなか実現できないからこそ「理想」なのであって、実際には「今日もサボってしまった」とため息をつくことの方が多いのですけれども。

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記事を書いた人

いぬ

幼少期より日本で過ごす。大学留年、通訳学校進級失敗の後、イギリス逃亡。彼の地で仕事と伴侶を得て帰国。現在、放送通訳者兼映像翻訳者兼大学講師として稼動中。いろんな意味で規格外の2児の父。

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