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まだまだなのね

the apple of my eye

通訳・翻訳者リレーブログ

すこし前から、いわゆる SNS(Social Networking Site)というのにお招きいただいて参加している。「友だちの友だちはみんな友だちだ!」が基本コンセプトだから、ユーザーは自分の知り合いの目にさらされていることを意識するので、完全に不特定多数のユーザが利用できるサイトのような無責任な書き込みの嵐には遭わないのが安心。

このサイト内に1つのテーマに沿った語り合いをする「コミュニティ」と呼ばれる場所があって、翻訳をテーマにしたものもいくつかある。一昔前の Nifty 翻訳フォーラムみたいなものだ。

駆け出し翻訳者の頃、翻訳フォーラムには何度かお世話になった。取り組んでいる原文の意味が分からない、こういうときはどう表現すべきか、役に立つ辞書は、情報の集め方は、云々。このSNS の翻訳コミュニティでも同じようなことが行なわれている。昨日たまたま、契約書翻訳に関する質問があって、他の人があまり回答をつけられていないようなので、僭越ながら書き込みをした。幸い、私の書き込みは的を射ていたようで、質問者さんに喜んでいただいた上、別のユーザーさんからも「自分の仕事の役に立った」と言ってもらえた。翻訳フォーラム時代は助けてもらうことが多かったので、逆にお助けできるようになったことがちょっぴり嬉しい。

ただ気になったのは、質問者さんは契約書翻訳についてほとんど経験がない方で、勤務先の会社が海外の企業との取引で交わした契約書を翻訳するよう命じられているというのだ。どんな専門分野でも同じだけど、契約書も一定の知識や経験がないと正確な翻訳は難しい。完全合意条項といった基本的な条項もご存じない状態では、かなり厳しい。もう1人の方も、term という言葉が複数形の terms となっていると「期間」ではなく「条件」という意味でも使用されるというのをご存じなかった。フリーランスで仕事をしている私はつい、「専門的な翻訳は、ぜひ、専門翻訳者にご依頼を」などと書き込んでしまったけれど、「私も会社にそう言っているのですが、社内で参照にするだけだからと取り合ってもらえなくて」とのことだった。日本企業と英米系企業の契約書に対する意識の温度差は常々あることなのだけれど、グローバル化などといわれて久しい今でもその状態とは……。

象徴的だったのは、質問された条文。
ABC Corporation has not relied on any representation by XYZ Inc., inducing it to enter into this appointment.
要は、「あなたの会社がうちの会社と契約を締結することを決めるにあたって、こちらの会社が勧誘のために言ったことを頼りにして、文句を言ってこないでよ」という条文なのだ。つまり、契約書に書いてあることが全てで、それ以外は一切責任を負わないということ。
はー。それなのに「参照にするだけだから、きちんと訳さなくて良い」って……。

「いつもどおりでやって」とか、「昔からの関係があるから」と、漠然とした「付き合い」の感覚で取引を続け、契約書なんて形式だけのものと、あまりじっくり見ない日本企業。でもほら、彼らはこんな条文を盛り込んじゃって、「勧誘・交渉の途中で何を言ったかについては責任持ちませんからねー」と、何かあったときに知らん顔を決め込む予防線をしっかり張っている。しかも完全合意条項に用いられる最も一般的な文言とは違う表現を使っているところに、巧妙さも伺える。契約書の他の部分にも、相手に有利な条件が色々と盛り込まれていそうだ。他人事ながら、なんだか心配なのである。

一方で、こんな感覚の日本企業がまだ多いとしたら、ここはテンナインさんにバシバシ営業をかけてもらって、お仕事を発掘する余地がありそう、なんてことも考えちゃったりして。

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記事を書いた人

the apple of my eye

日本・米国にて商社勤務後、英国滞在中に翻訳者としての活動を開始。現在は、在宅翻訳者として多忙な日々を送る傍ら、出版翻訳コンテスト選定業務も手がけている。子育てにも奮闘中!

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