INTERPRETATION

第70回 米大統領選 勝利宣言・敗北宣言 

グリーン裕美

ビジネス翻訳・通訳で役立つ表現を学ぼう!

皆さんは、歴史的な米大統領選挙の結果が出た11月9日をどのように過ごされましたか? 

アメリカ大陸にお住いの方にとっては11月8日の夜、日本の方にとっては9日の日中になりますが、ここイギリスでは結果が出始めたのは11月9日の未明でした。私はいったんは眠ったものの午前2時頃から選挙速報をチェックし始めるともう眠れず、寝不足のまま出勤しました! (実は6月24日の繰り返し…) 

 

今回は「役立つ表現」の紹介というよりは、選挙結果後のトランプ氏とクリントン氏のスピーチについて私見を述べたいと思います。 

 

8年前にオバマ大統領が当選した時の勝利宣言(victory/acceptance speech)を覚えていますか? あの名スピーチを英語の学習や通訳練習のための教材として使った人も多いのではないでしょうか? それに比べるとトランプ次期大統領(president-elect)の勝利宣言はとてもシンプルでしたね(誰がステージに上がるのかなど、事前の打ち合わせがなかったかのよう…)。誰でも理解できるような平易な言葉でゆっくりと話すので、英語中級者にも同時通訳者にもありがたいことですが、それがトランプ氏が勝利した要因の一つではないかとも思います。1文1文が短く、間の取り方が(悔しいけど)うまいなと思います。アメリカの一般庶民が彼のトークに惹きつけられるのも分からなくはありません。 

 

ヨーロッパの通訳訓練では、自分と意見が違う人のスピーチも、共感する人のスピーチも私情を入れず、先入観なくプロフェッショナルに訳すための訓練もします。偶然にも11月9日のロンドンメトロポリタン大学の授業では自分と反対意見を持つ人の通訳をする練習を行うよう予定されていました! そこで急きょ予定を変更し、トランプ氏の勝利宣言が通訳練習の題材として使われました! 

 

クリントン氏の敗北宣言(concession speech)は帰宅後に動画で1人で視聴しましたが、スピーチの一言一言に重みを感じ、涙があふれました。「もし生同通をしていたらどうなっていたことだろう?」とも思い、実際に声に出して訳してみましたが、やはり感情的になりすぎて訳しきれませんでした。まだまだ修行が足りません! 私にとって11月9日は「反感を持つ時よりも共感しすぎる方が通訳しにくい」ということを学んだ日でもありました。 

 

特に感情が高まって訳せなかったのは以下の部分です。皆さんならさらりと声に出して訳せますか? 文字からではなく、ぜひ動画を見ながら試してみてください。 

 

冒頭略 

This is not the outcome we wanted or we worked so hard for and I’m sorry that we did not win this election for the values we share and the vision we hold for our country.  

 

中略 

I know how disappointed you feel because I feel it too, and so do tens of millions of Americans who invested their hopes and dreams in this effort. This is painful and it will be for a long time. 

 

中略 

I have, as Tim said, spent my entire adult life fighting for what I believe in. 

I’ve had successes and setbacks and sometimes painful ones. Many of you are at the beginning of your professional, public, and political careers — you will have successes and setbacks too. 

This loss hurts, but please never stop believing that fighting for what’s right is worth it. 

It is, it is worth it. 

 

And so we need – we need you to keep up these fights now and for the rest of your lives. 

 

And to all the women, and especially the young women, who put their faith in this campaign and in me, I want you to know that nothing has made me prouder than to be your champion. 

 

Now, I – I know – I know we have still not shattered that highest and hardest glass ceiling, but someday someone will and hopefully sooner than we might think right now. 

 

And to all the little girls who are watching this, never doubt that you are valuable and powerful and deserving of every chance and opportunity in the world to pursue and achieve your own dreams. 

 

アメリカで初の女性大統領を目指して長い間がんばってきたヒラリーさん。8年前とは違って、今回はきっと政治を引退することでしょう。今後は、女性の社会進出(women’s empowerment)促進やLGBTの社会運動などのために活躍されることを期待します。そしていつか講演の同時通訳を頼まれるという幸運に恵まれることがあれば、その時は私情を入れずちゃんと訳せるよう、そんな日を夢見ながら自己研磨に励みたいと思います(ちなみにスティーブジョブズの伝説のスピーチも何度聞いてもうるうるしてしまいます)。 

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記事を書いた人

グリーン裕美

外大英米語学科卒。日本で英語講師をした後、結婚を機に1997年渡英。
英国では、フリーランス翻訳・通訳、教育に従事。
ロンドン・メトロポリタン大学大学院通訳修士課程非常勤講師。
元バース大学大学院翻訳通訳修士課程非常勤講師。
英国翻訳通訳協会(ITI)正会員(会議通訳・ビジネス通訳・翻訳)。
2018年ITI通訳認定試験で最優秀賞を受賞。
グリンズ・アカデミー運営。二児の母。
国際会議(UN、EU、OECD、TICADなど)、法廷、ビジネス会議、放送通訳(BBC News Japanの動画ニュース)などの通訳以外に、 翻訳では、ビジネスマネジメント論を説いたロングセラー『ゴールは偶然の産物ではない』、『GMの言い分』、『市場原理主義の害毒』などの出版翻訳も手がけている。 また『ロングマン英和辞典』『コウビルト英英和辞典』『Oxford Essential Dictionary』など数々の辞書編纂・翻訳、教材制作の経験もあり。
向上心の高い人々に出会い、共に学び、互いに刺激しあうことに大きな喜びを感じる。 グローバル社会の発展とは何かを考え、それに貢献できるように努めている。
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