INTERPRETATION

第366回 同志を見つけるチカラ

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

秋になりましたね。通訳スクールでも体験入学、レベルチェックテストなどが行われています。あの猛暑から少しずつ涼しくなり、気力も充実すれば「勉強しよう!」という思いが出てくるでしょう。私もこの秋から放送大学の講座を受講することにしました。国際関係分野です。「科目受講生」ですがレポートや最終試験もあります。学位を狙うのではなく、あくまでも自分の教養を深めるためであり、日頃携わっている放送通訳業に少しでも参考になればとの思いがあります。みなさん同様、私も学び続けたいと思っています。

文部科学省は以前から「自立学習」というキーワードを使っています。これまでは教師が一方的に講義をして、生徒が受け身で学ぶというのが主流でした。しかし、これでは自発的に学ぼうとする意欲が高まりません。しかも世界に後れをとる形で日本の子どもたちのテスト成績が振るわないとあります。ゆえにautonomous learningという方法が注目されるようになったのでした。

折しもインターネットやデジタル技術の進歩もあり、今や自分から学ぼうと思えばたくさんのグッズやリソースがあります。いつでもどこでもスマートフォンさえあれば、動画を通じて勉強できますし、スカイプで英会話レッスンを受けることもできます。課題ひとつをとってみても、わざわざ手で書いて封筒に入れて投函したりせずにすみます。学校にまで出向かなくても、時間と空間を超えて学べる時代なのです。

では、それによって人々の学力や能力は飛躍的に向上したのでしょうか?確かに昔と比べれば基礎学力をつける手段は発達したと思います。けれども一律で人々の学習能力が跳ね上がったとは私には思えません。適塾時代に辞書を奪うようにして書き写した福沢諭吉やいにしえの偉人たちの方がよほど教養はあったでしょう。「便利さ=賢さ」とは必ずしも言えないのです。

最近私は「学びの動機づけに必要なのは、同志を見つけるチカラ」と感じています。自分と同じように「学びたい」「向上したい」という意欲を持つ人を見つけること。その人と同じ空間で学ぶこと。健全なライバル心を抱くことでお互いに切磋琢磨すること。それが人の能力を引き上げ、さらなる段階に押し上げてくれるように思うのです。

たとえば私の場合、「体力づくりも仕事のうち」との考えから定期的にスポーツクラブへ出かけています。マシンは全く使わず、もっぱらスタジオレッスンの参加です。なぜかと言いますと、同じレッスンに出ている仲間が非常に良い刺激になっているからなのです。年齢層も男女比も様々ですが、いずれも「健康のために頑張ろう」という思いの方たちばかりです。「あの方は今週も頑張って参加している」と思うだけで、自分ももっと一生懸命取り組みたくなってくるのです。

同じ目標や価値観を持つ「同志」というのは、自分自身が動かない限り、出会うことはありません。こちらが何もしないままでは出会う「ご縁」も生まれないのです。だからこそ、「同志を探し出せるチカラ」を養いたいと私は思います。それと同時に私自身が、誰かにとってそうした存在であり続けたいと考えています。

(2018年9月25日)

 

【今週の一冊】

「旧ソ連遺産」ラナ・サトル著、三才ブックス、2018年

昔から廃線跡や廃墟が好きで、関連本をよく眺めています。現地に出かけるのが無理であるからこそ、惹かれるのかもしれません。こうした場所には、人々の暮らしの営みがそのまま残されています。通勤や通学で利用された列車、人々が暮らしていた家、働いていた工場などです。どの場所においてもそこには人間が存在していたのです。

使用用途が失われ、人が離れて行った場所。それが廃墟です。取り壊すにはお金がかかりすぎる。利権やしがらみで手が付けられないなど、放置されている所が世界にはいくつもあります。たとえば埼玉県奥秩父にはニッチツ鉱山という廃墟があります。住宅や作業場などには、家財道具や工具などはそのままです。私はインターネットの特集ページで見ただけですが、かつてにぎわっていたころはどのような生活があったのだろうと想像します。

今回ご紹介するのは、旧ソ連時代の廃墟に関する書籍です。ロシアの国土面積は日本のおよそ45倍。東西に広がる旧ソ連には、人が足を踏み入れなくなった場所がたくさんあります。それを集めたのが本書です。旧ソ連軍の使ったパラボラアンテナ、草原に放置された偵察機、軍用車の「墓場」、未完成に終わった原子力プラントなどがその一例です。それぞれ目的があって作られたはずが、今や顧みられぬ存在になっている。そう考えると、もの悲しさと共に哀れなりとの思いがこみ上げます。

かつて学生時代の私は旅行代金を節約するため、ロンドンまでアエロフロート機で飛んだことがありました。本書56ページにはアエロフロート・ロゴが残ったままの機体が映し出されています。これはTu-144(ツポレフ144)というタイプで、コンコルド機同様の超音速旅客機です。しかしあまりの燃費の悪さから運航停止となりました。飛行機という乗り物が大好きな私にとって、荒れるに任せた機体を見ると心が痛みます。けれどもどの時代にもそれぞれ「果たすべき役割を持ったもの」があるということなのでしょう。時の流れを感じます。

Written by

記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

END