INTERPRETATION

第55回 たまにはスローに 出張術

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

私は子どもたちが生まれて以来、泊りがけの仕事からはご無沙汰していました。しかし最近は二人もだいぶ大きくなりましたので、状況の許す範囲で出張もしています。そこで今回は自称「超アナログ派」の私がどのようにして限られた時間の中で出張を楽しんでいるかご紹介しましょう。もちろん、業務が最優先ですが、前泊や業務時間外の少しの時間を活用すると幸せなひと時が過ごせると思います。

1.まずは観光局からパンフレットを取り寄せる
今の時代、ネットを開けばいくらでも現地の様子はわかります。けれどもそこをあえてアナログ派で進めてみるのです。私の場合は、事前に政府観光局へ連絡し、紙のパンフレットを郵送してもらいます。なぜ紙かと言いますと、冊子であればパラパラとめくりながら意外な発見があるからです。ネットの場合、自分のアンテナに引っかかったものをクリックしない限り、内容を読むことはできません。また、利用者のお勧めランキングなどに左右されてしまうこともあります。けれども冊子ならば自分の関心分野、自分の価値観に基づき、読み進めることができます。

2.時刻表を入手
たとえば新幹線や飛行機などを利用するのであれば、一覧性のある時刻表(紙版)を入手しておくと便利です。特に新幹線の場合は乗車中に時刻表を見ながら「あ、今は○○県の△△駅を通過しているな」と分かります。一方、新幹線のシートにある車内冊子には巻末に地図が付いています。それを見ながら車窓の光景を味わうのも楽しいものです。

3.現地に到着したらまずお土産を
「お土産は帰路に着く前に買うもの」。かつて私はこのように思っていました。けれども帰りの交通機関の出発ギリギリになってしまった時など、何かとあわただしくなります。そこで私はここ数年、現地に到着直後に一通り購入しています。あらかじめ購入先をメモしておけば、落ち着いて買うことができます。

4.現地の観光案内所でパンフレットや地図を入手
大きな空港や駅であれば、観光案内所が設けられています。到着後、早目に出向いて私は地図やパンフレットを手に入れます。ネットやアプリでも地図は見られますが、やはり紙の地図の方が鳥瞰図的に街の様子を把握できます。他にもミニコミ誌などを入手し、レストランやお店などの情報も仕入れるようにしています。

5.循環バスの利用
街にもよりますが、大きな都市であれば観光客用の市内循環バスが走っています。これは市内の名所旧跡などの前で停車しながら走るバスです。たとえば仙台市には「るーぷる仙台」というレトロ仕様のバスが走っています。1周70分ほどで、市内の観光地を窓から楽しめます。

6.まずは歩いてみる
時間に余裕があれば、ぜひ歩いてみることをお勧めします。地図を片手に自分の足で景色を楽しみながら歩くと、様々な発見があります。たとえば福岡に行った際、私が気づいたのは駐輪のスペースが東京と異なることでした。小さな発見も興味深いですよね。

7.彫刻・モニュメントをチェック
街の中にある様々な記念碑にも注目してみましょう。その街の歴史を知ることができます。文豪の記念碑や馬頭観音、街ゆかりの樹木など、書かれている説明文を読むだけでも歴史の勉強になります。

8.地元紙を買う
私が必ず購入するのは地元の新聞です。全国紙と比べてローカルな話題が多く、今、その街が抱えている課題や流行などがわかります。非常に読みごたえがある優れた記事に遭遇した時などは本当にうれしくなります。

9.お店の人とは積極的に話す
ホテル、土産物店、タクシーなど、その土地で働く人々に積極的に話しかけてみると、たくさんの発見があります。方言に触れられるのも会話を通じてならではです。

10.書店の郷土史コーナーも
時間に余裕があれば、ぜひ書店にも立ち寄ってみましょう。郷土史コーナーをのぞいてみると、地元出版社が発行する書籍が並びます。たとえば先日出かけた仙台では、河北新報社が出している本がたくさんありました。私は日ごろから「大学」と「英語教育」に関心があります。これにぴったりの「言葉が独創を生む」(河北選書)を手に入れることができました。

いかがでしたか?出張に限らず、今回ご紹介した10のポイントは旅行の際にも意識することで、普段とは異なる味わい方が出来るかもしれません。みなさんの出張や旅行のヒントになれば嬉しいです。

(2012年1月23日)

【今週の一冊】

「私は変わった 変わるように努力したのだ」福原義春著、求龍堂、2010年

以前このコーナーで昆虫画家の熊田千佳慕氏の書籍をご紹介したことがある。その本の巻末にPRされていたのが、今回お勧めする一冊。福原氏は現在、資生堂の会長を務める傍ら、東京都写真美術館館長、企業メセナ協議会会長など、多方面で活躍なさっている。

本書は福原氏の価値観が短い言葉となって綴られている。どれも非常に考えさせられるものだ。たとえばタイトル。福原氏は社長就任の際、とにかく「古い私」を捨てて「新しい私」に入れ替えようと決心したのだそうだ。自ら謙虚になり、社長として組織を率いて、社会のために貢献したい。そのような思いに溢れている。

中でも一番感慨深かったのが次の一節。

「私という人間は今まで読んだ本を編集してでき上がっているのかもしれない。逆に言えば、本によって編集されたのが私なのだ。」

人格を築き上げ、自分が社会にできることは何か。福原氏にとってはそのための読書である。先日出かけた森のイスキア・佐藤初女先生の講演会で初女先生は「命とは生きること。生きることとは人様のお役にたてるよう働くこと」とおっしゃっていた。それに通じると思う。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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