INTERPRETATION

第380回 「通訳スクールで学ぶこと」再び

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

日本では大学の多くが2学期制をとっています。授業時間は90分で1学期あたり15回というのが標準でしょう。大半の大学では秋学期が9月に始まりますので、1月はもはや学期末。私の出講先の大学も今週が最終週で、その後に試験期間があります。

一方、通訳学校はもう少し長めに設定されているため、秋学期授業は2月まで続きます。春の訪れが感じられる頃になると短期コースや体験レッスンが実施され、いよいよ4月の新年度が始まります。

今回は改めて「通訳スクールで学ぶこと」について考えていきます。現在、通学中の方、あるいは入学を検討しておられる方の参考になれば幸いです。

まず、最初に考えるべき点があります。それは「何のために通うのか?」を明確にすることです。

通訳学校の授業料は決して安価ではありません。カルチャースクールと比べればコミットすべき期間も長く、「通訳者養成」という目的があるがゆえに価格もそれなりの設定です。指導者も現役のプロ通訳者たちです。現場に輩出する後進を育てるわけですので、要求される語学・知識レベルも高くなります。よって、日頃の授業も課題が非常に多く、受講生たちは厳しい学習環境下に置かれます。

かつて日本でプロ通訳者がまだ少なかったころ、つまり1970年代というのは日本の高度経済成長期でした。企業の多くが海外とのやりとりに直面しましたが、語学を駆使できる人が社内には少ない状況でした。ゆえにプロの手を借りる必要性があったのです。こうした事情からプロ通訳者を育てる必要がありました。また、当時はまだ男女平等が法律面でも不十分でした。女性でも活躍できる職業の一つが通訳者だったのです。

そうした時代から数十年が経ち、自動通訳翻訳機も立派に機能する時代が今や到来しています。英語コミュニケーション能力を有する社会人も増えています。それでもなお、自分は通訳者になりたいのか、本気でこの世界で活動したいと考えているのかを入学前に考える必要があると私は思うのです。そうした問いに対してすべて答えが「イエス」であれば、通訳スクールから得られるものは大きいと私は考えます。

一方、「プロ通訳者になるつもりはないけれど、通常の英会話スクールやアプリでは物足りないから通訳学校に行く」と考える方もいらっしゃるでしょう。向学心があることは素晴らしいと思います。けれども、スポーツクラブのスタジオレッスンのような「楽しさ」や「気楽さ」は通訳学校には残念ながらあまりありません。AI機械に負けないようなプロを業界として輩出しなくてはなりませんので、大変な学習を強いられるのは致し方ないのです。

さらに大事な点があります。それは本気で通訳者になりたいのであれば、とにかく早いうちに自力で行動をとることです。この世界というのは実力さえあれば、試験の点数や資格の数を問わず仕事を得られます。人間性があり信頼に足る人物であり、社会人としての礼儀やマナーを守れる人であれば、そして、優秀な語学力・通訳力を持っていれば仕事は必ず来ます。逆を言えば、どれほど長くスクールに通っていたとしても、要求される水準を満たすことができなければ、仕事を得られるという保証はありません。

私の知り合いの通訳者の例をご紹介しましょう。1学期間だけスクールに通った後、こう言ったのです。「通訳者になるためのテクニックはすべてわかった。あとは自力で仕事を得る」と。事実、その方は自分でエージェント開拓を進め、今ではプロ通訳者として活躍しています。

通学自体が目的になってしまうと、非常に大変な日々だけが続き、不完全燃焼になりかねません。目的は何か、いつまでにどうしたいのか。そうしたことをぜひとも春先に向けて検討をして、有意義なスクール選びと学びに結び付けばと思います。

皆様のご健闘をお祈りしています。

(2019年1月15日)

【今週の一冊】

「世界の廃船と廃墟」アフロ(写真)、水野久美(テキスト)、青幻舎、2017年

昔から廃墟や廃線などに興味があります。かつて栄えていた場所、人々の生活が営まれていた所などが、何らかの理由で使われなくなり廃れてゆく。そして人が足を踏み入れなくなってしまうという流れに惹かれているのです。「なぜ使われなくなったのだろう?」「そこで生活していた人々はどこへ移ったのかしら?」といった問いを抱くと、同じ人間として何とも言えない切なさを感じます。

今回ご紹介するのは廃船と廃墟をまとめたコンパクトな一冊です。写真集というと分厚くて大きなイメージがあります。けれども本書は手のひらサイズで、それこそこの一冊を片手に現地へ赴くことも可能でしょう。もっとも、こうした廃船や廃墟の場所というのは人里離れた場所にあり、そう簡単に出かけられるわけでもないのですが。

パラパラとめくると、それこそ海賊映画に出てくるような廃船もあれば、吸血鬼に襲われるのではと思しき廃れたお城も掲載されています。特にアメリカ・ニューヨーク州にあるバナーマン城など、ディズニー映画に出てきそうな恐ろしげな宮殿です。ちなみにこのお城が造られたのは1900年。武器商人が武器保管倉庫として建造したのだとか。しかしこの主が亡くなった後、火薬が大爆発して大きく損傷し、廃墟となったそうです。気になったので検索したところテレビ東京でも取り上げられていました:
https://www.tv-tokyo.co.jp/haikyo/smp/commentary/haikyo04.html

もう一つ、心を痛めてしまったのがバングラデシュにあるチッタゴン船舶解体場です。巨大船舶を手作業で解体するという危険極まりない作業が今、この時代においてなされているのです。安全も人権もなく、低賃金で働かざるを得ない人たちがいるということを、先進国で暮らす人々がどれだけ認識しているのか。

非常に考えさせられた一冊でした。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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