INTERPRETATION

第381回 多文化共生に向けて

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

街中を歩きながら色々な物を眺めては、あれこれ考えるのが好きです。たとえばお店を見てみては「何故、今の時代、この場所にこの店舗があるのかしら?」と想像してみるのですね。「かつては高級路線を掲げていたお店が、最近なぜか24時間店舗になり、コンビニ並みに増えてきた。なぜ?」「エキナカにあえてマッサージ店がある理由は?」という具合です。前者であれば「高級路線一本では生き延びることが難しいから」、後者に関しては「スマホ全盛期になり、目や首の不調を訴える人が増えた。電車利用の途中で使えるお店はありがたい」という具合に想像してみるのです。このようにして自分なりに世の中の現象をとらえ、分析することが私にとって楽しみとなっています。

さて、昔と比べて大いに増えてきたものの一つに「英語保育園・プリスクール」が挙げられます。いよいよ英語も小学校から教科化されます。これからの時代、英語が駆使できなければ社会で活躍するのは難しい。そのような声が聞こえる昨今です。

私は英語がたまたま好きだったため、この仕事に就くことができました。会議や商談の場面でお役に立てることをとても光栄に思います。また、放送通訳という分野では、それまで意識していなかった世界情勢に目を向けられるようになりました。日本「だけ」に視野を絞るのではなく、常に幅広い視点から世の中を見られることは、生きる上で大切だと感じます。そのきっかけを与えてくれたのがニュースであり、英語でした。

日本政府は外国人労働者の受け入れに向けて舵を切りました。国際結婚も増えています。同じ民族を頼って定住を希望する外国籍の人たちも増えています。コンビニだけでなく飲食店やサービス産業において日本人以外の方たちが働いています。もちろん、英語は国際語ではありますが、実際に日本で暮らす外国籍の方々を見てみると、非英語圏出身者が大勢います。そうなると、英語がすべてではないのですよね。

多文化共生というのは、まさに様々な文化をお互いが受入れ、価値観を共有し、和を持って暮らしていくことです。「郷に入ったら郷に従え」と受け入れ側の慣習のみを押し付けても共存できません。既存の日本の価値観や風習からは想像していなかったことが、今後の日本ではおそらく出てくるでしょう。

たとえばフランスで最近話題になったものの一つに、イスラム教の女性がかぶるスカーフがあります。学校や職場などでの着用が法律で禁止されたのです。日本でイスラム教の住民が増え、同様の展開になった場合、どのように対処するのか。私たちは他国の事例を見てお互いが納得できる方法を考えねばなりません。

スカーフだけではありません。宗教や習慣的な理由で幼児期からピアスや指輪、ネックレスをしている子どももいます。日本の小学校であればこれまでなら「危ない」と一律で禁止できました。けれどもそうはいかなくなるでしょう。「異性の先生の授業は受けられない」という声が将来の日本の教育現場で挙がった場合も、私たちはそのような声に真剣に耳を傾ける必要があります。

幼いうちから英語を学び、グローバル時代に備えるのは素晴らしいことです。と同時に、今を生きる私たちは、多様な文化を受け入れ、お互いのやり方を尊重し、平和的な共存を図ることが求められます。そのための英語であり、そのための多文化共生であると私は感じています。

(2019年1月22日)

【今週の一冊】

「世界の果ての通学路」ジャクソン・サイコン他出演、角川書店、2015年

いつもは書籍をご紹介しているのですが、今回取り上げるのはDVDです。日本で公開されたのは2014年春のことでした。登場するのはインド、アルゼンチン、モロッコそしてケニアの小学生たちです。いずれも数時間かけて登校する様子が描かれています。通学路というキーワードから描いた作品です。

日本には義務教育という立派な制度があります。他の先進国も同様でしょう。教育制度自体が整備されており、誰もが学ぶチャンスを得ています。特に日本の場合、学区制度がある地域では必要以上に時間をかけずに通えます。通学路も安全が重視されています。学校へ行けば先生がおり、友達とも遊べ、給食も食べられる。教科書は無償です。それが日本の現状です。

けれども世界は広いのです。ケニアの少数民族で人里離れた場所に住んでいる少年は、毎朝2時間かけて徒歩でサバンナを横切り、象やキリンの群れに襲われぬよう注意しながら通学せねばなりません。まさに命がけです。アルゼンチンのパタゴニアに住む少年は、険しい地形の中を馬に乗って通います。インドの少年は足が不自由で、手製の車いすに乗り、弟たちに押してもらいながらの登校です。モロッコの山奥に暮らす少女は、一族の女の子としては初めて教育を受けています。「女の子に教育は不要」との慣習がある地域だからです。

どの子どもたちも「学びたい。卒業したら立派な大人になりたい」と目を輝かせて語ります。将来への夢があり、それに向けて邁進する子どもたちの目は輝いています。貧しくても、日本のように整備された教育環境でなくても、意欲さえあれば学ぶことはできる。そのメッセージを私たちに投げかけてくれます。

勉強とは何か。一生学び続けるとはどういうことなのか。

その大切さをすべての人に伝えてくれるDVDです。多くの方に観ていただきたいと思います。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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