INTERPRETATION

第60回 ダイエット、買い物、英語の共通点

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

英語の指導をしていると「短時間で効果的な学習法は?」という質問をよく受けます。その根底にあるのは「なるべく手間をかけたくない。最小限の努力で最大限の効果がほしい」という気持ちです。特に英語が苦手、あるいは英語を強制されている人ほど、そうした「魔法の学習法」を求めるようです。けれどもことわざにもあるように、語学学習で必要なのは結局のところ、「継続は力なり」「ローマは一日にしてならず」なのです。コツコツと地道な努力を続けるのが最大の近道です。

ところで、英語もダイエットも買い物も非常によく似ています。少し詳しく見てみましょう。

まず、「『~ねばならない』という気持ちにさせられること」が挙げられます。たとえばダイエットの場合、十分健康なのに雑誌や書籍を通じて私たちは「もっとやせなければ」「ジョギングしないと」「このサプリを飲まなくちゃ」という心境になります。

買い物も同じです。「これが流行だから買わなくちゃ」「行列店?行ってみなくちゃ」「ネットストアの訳あり商品、手に入れたほうがいいかな」という感じです。新聞の折り込みチラシ、店頭、ネットやテレビ通販などの商品紹介を見ていると、そんな気分になります。

英語も似ています。「TOEICで○○点を取らないと」「英語ぐらいはできなくちゃ」「やっぱりペラペラになるのは大事」という具合に、世間から吹き込まれた「~ねばならない病」に私たちは悩まされています。

でも実際はどうでしょうか?ダイエットに関しては、定期検診で要注意項目が出ていれば改善の必要があるでしょう。あるいは不摂生がたたって体調がすぐれないならば、今の生活様式を変えねばなりません。けれどもそうでなく、そこそこ健康ならば、そもそもダイエットは必要ないと私は思うのです。

買い物も同様です。家に同じものがあったり、他のもので代用できたりしているならば、広告に踊らされる必要はありません。何となく買ってしまい、その反動で片づけ術やダンシャリに走るというのももったいない話です。

これまで指導した受講生の中で、「英語、英語」と焦る人ほど実は日本語がおざなりという傾向がありました。本や新聞を読まず、日本語の「てにをは」にも配慮が行き届かず、知識の引き出しも乏しい状態です。そのような状況では、いくら大量の英語リスニングをしても内容を類推できません。まずは日本語で知識を吸収するのが先決です。

先日、明石康さんの講演会に出かけました。明石さんは長年国連に勤務し、様々な紛争の解決などに尽力なさっています。講演の中で明石さんは「せめて日本国民の10パーセントで良いから、きちんと英語やしかるべき教育を受けるべきだ」という主旨をおっしゃっていました。つまり、必要とされる人に手厚くサポート体制を築くという意味です。

英語も同じです。社内全員に資格試験の点数クリアを必須にするより、英語が得意で必要とされるスタッフに、より高度な研修を実施したほうが効果があります。業務で必要としない人にいくら英語を強制しても、労働意欲が逆に下がるばかりです。

買い物もしかりです。ストレス発散のためにあおられて買っても、真の幸せにはつながりません。「買う」という行為が好きなのであれば、頑張っている人にプレゼントしたり、お友達を招いておいしいお取り寄せをふるまったりした方が、皆の幸せになります。

ダイエットに関しては、「自分が痩せたいから」ではなく、「運動をやりたいから」という前向きな姿勢の方が健全です。体を動かすことで気持ちが上向き、周りにも優しくなれるという理由で運動した方が、周囲もハッピーになれます。

ダイエットも買い物も英語も、あおられたり強制されたりして取り組むものでは本来ないはずです。自分の幸せを周囲におすそ分けする、そのための行為であってほしいと私は考えています。

(2012年2月27日)

【今週の一冊】

「世界で一番美しい元素図鑑」セオドア・グレイ著、若林文高監訳、創元社、2010年

今回ご紹介するのは美しい写真と共に元素が紹介されている大型図鑑。もともと私は文系で、元素周期表すら今では思い出せないほどだ。でも街頭で入手したフリーペーパーに本書が紹介されており、こうした理系の書籍も面白いのではと手にしてみた。

内容は元素それぞれを説明したもので、その元素を使った様々な物も紹介されている。中でも興味深かったのが、国や人の名前をとった元素があるということ。たとえばゲルマニウム(ドイツ。元素記号はGe)、ポロニウム(ポーランド、Po)、フランシウム(フランス、Fr)、アメリシウム(アメリカ、Am)などがある。キューリー、レントゲン、ノーベルなども元素記号になっているから興味深い。

理系の話題に精通していなくても、こうした彩り豊かな写真を眺めるだけで、理科も身近に感じられる。全部理解しなくても、関心を寄せてみる。それが大切なのだと思う。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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