INTERPRETATION

第401回 語彙の増やし方

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

英語学習などの講演会をした際、質問を色々といただきます。そのうちの一つが「どのようにしたら単語力をアップさせられますか?」です。

確かに日本で暮らしていると、よほど仕事や家庭の環境が英語を必要としない限り、日本語オンリーでも過ごせますよね。私の場合、日常生活において目に入ってくるのは日本語ばかり、耳にするのも同様です。自分から積極的に英字新聞や英語ニュースサイトを読まない限り、視覚の中に英語は入ってきません。音読をしなければ英語を発することもないですし、メールやSNSなどで英文を綴らなければそのままで終わってしまいます。

よって、自発的に意識して英語をアウトプットしなければ、なかなか身につかないのです。英語学習はスポーツ同様、howよりもhow muchの世界なのですね。

また、通訳業の場合、「英単語を知っていて日本語に訳せる」ことができても、「その英単語を日→英で即座に口にできる」とは限りません。言語学的に言いますと、自分から書いたり話したりできる単語はactive vocabularyです。一方、読んだり聞いたりというだけならわかる場合はpassive vocabularyです。よって、英日・日英の通訳力を同一レベルで向上させるなら、両言語をactive 状態にせねばなりません。

私の場合、単語力をアップさせる上でいくつか工夫していることがあります。まだまだ発展途上なのですが、ざっと以下のようなことを試みています。

(1)未知の表現は必ずメモする
たとえばCNNニュースで知らない単語が出てきた際にはノートに書きとります。そしてすぐに意味を英和辞典で引きます。語義をメモした後、さらに余裕があれば英英辞典でも調べます。ポイントは「必ず音読すること」。例文も語義も声に出します。このようにすることで五感を使い、体に覚えさせるようにしています。

(2)自分からアウトプットする
こうして学んだ新出語や新しいフレーズを、なるべく早い段階でアウトプットします。家族や友人に話すも良し、自分のSNSなどに書き込むのも良いでしょう。学びっぱなしにするのではなく、必ず自分の言葉でアウトプットすれば確認することにもつながります。

(3)類似表現を探してみる
調べた単語をさらに類語辞典(シソーラス)でもチェックします。類語とはいえ、ニュアンスの違いもあるはずですので、そうした表現の例文もさらに調べ、微妙な違いを把握するようにします。

(4)反対語にも関心を抱く
類語辞典だけでなく、反対の言葉もあるならば確認しておきます。また、自分なりに推測して調べることも大事です。たとえば先日私はlow-downという語に出会ったのですが、「lowの反対語のhigh、さらにdownの反対語のupでhigh-upなどという語もあるのかしら?」と想像してみました。実際、調べてみたところありましたので、思わず嬉しくなりましたね。

(5)あくまでも「忘れても良い」というスタンスで
最近は単語暗記ソフトやエクセルで単語帳を作るなど、デジタル面での恩恵は計り知れません。ただ、私の場合、単語力アップはあくまでも「切手集め」「スタンプラリー」的なアプローチでおこなっています。なぜなら「暗記せねば」と思ってしまうと辛くなるからです。むしろ書き付けたノートを時々読み返してみたり、もう一度口にしてみたりということで確認するにとどめています。ノートのページがどんどん終わりに近づき、さらに新しいノートになればなるほど「勉強した!」という自己達成感を抱けます。

いかがでしたか?今回は我流・単語力アップ法についてご紹介しました。まだまだ私自身、試行錯誤をしているところです。皆さんも楽しみながら英語を学んでくださいね。

(2019年6月25日)

【今週の一冊】

「鑑賞のためのキリスト教美術事典」早坂優子著、視覚デザイン研究所、2011年

過日、成毛眞氏の本を読んで以来、「辞典・事典」と名の付くものに魅了されています。今回ご紹介するのもそのような一冊です。成毛氏は、デジタル時代の今こそこうした紙事典の良さをその著書で説いておられますが、私も断然「紙派」です。パラパラとめくれる、ページを行ったり来たりできる、紙の手触りを味わえるなど、あらゆる観点から楽しめるからです。そう言えば、とある方のブログでギリシャ神話を電子書籍で読んだことが綴られていました。神話の登場人物が本の冒頭に相関図が描かれていたそうです。ただ、電子書籍だと紙と比べて行ったり来たりが難しかったのだとか。確かに紙の本ならしおりを挟んでパッとめくれますよね。

本稿では先週、「あの世」を美術でどう描いているかという本を取り上げたのですが、今回はキリスト教の美術がテーマです。キリスト教絵画は数多く出ていますが、その見方を知っているのといないのとでは大きく違うことを本書から気づかされました。信者にとって当たり前のことも、あまりキリスト教に精通していないとわからずじまいで終わってしまいます。

たとえば「受胎告知」。この絵に登場するのは大天使ガブリエルと聖母マリアです。「イエスを身ごもる」旨を伝える天使とそれに耳を傾けるマリアが描かれています。ただし、どの「受胎告知」の絵にも実は共通点があります。例として挙げられるのが持ち物や服装。具体的には白ユリ、本、赤いドレスと青い上衣などです。白ユリはマリアの純潔を表しますし、マリアは読書中であるため本が描かれています。マリアの赤いドレスと青い上衣はどの絵にも見ることができます。

本書はオールカラーで、かわいいイラストや4コママンガが満載です。また、50音順にキリスト教のキーワードが出ていますので、好きな箇所から読むこともできるでしょう。個人的に関心を抱いたのは、聖書の翻訳者として知られる聖ヒエロニムス。キリスト教画の多くが書斎にて読書をするヒエロニムスを描いています。ヒエロニムスはライオンの足に刺さった刺を抜いたことから、ライオンがそばにいるようになりました。その光景を描いた絵も多く見られます。

こうしたエピソードをたっぷり味わえる辞典です。ちなみにこのかわいいイラストを手掛けたのは國末拓史さん。検索したところ、本書の著者である早坂優子氏とこれまでも他にたくさんの本を出しておられます。

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柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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