INTERPRETATION

第413回 向き不向きを考える

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

不定期で英語学習法や通訳訓練に関するセミナーを担当することがあります。質疑応答時間でよく出るお尋ねの中に「翻訳者・通訳者のどちらになろうか迷っている」というものがあります。両方とも英語を使う仕事です。自分はどちらに向いているかわからない、アドバイスが欲しい、という内容です。

翻訳者も通訳者も、フリーランスで働いている人が少なくありません。とりわけ女性の場合、どの組織にも属さず、エージェントに登録して業務を請け負えば、自分でスケジュール管理ができます。子育てや介護など、自分のライフステージに応じて仕事の増減をはかることが可能です。収入が不安定というリスクはありますが、縛られたくない、自分らしく仕事をしたいというのであれば、こうした生き方もあるのですね。私の場合、「ラッシュや人混みが苦手」「未知の分野をひたすら勉強したい」という思いが強いため、この仕事を長年続けてきました。今後正社員になるつもりはありません。

学生だった頃、私も「翻訳者」に憧れたことはありました。在宅で仕事ができる、好きな英語に携われる、書籍の翻訳をすれば自分の名前が世に出るなどに魅了されていたのです。その後、紆余曲折を経て通訳者デビューをしたのですが、幸いにも翻訳のお仕事をいただくこともありました。ほとんどが分量としては少ないものでしたので、英語の原書を訳すという大規模な業務ではありません。ただ、たとえA4一枚ぐらいであったとしても、「私が本当に好きなのは通訳なのだ。翻訳向きではない」と感じてきました。

なぜなのか自己分析すると、翻訳の場合、じっくりと訳語を練る必要があり、生来せっかちな私にはその時間が何とも辛いのです。もちろん、通訳現場でも訳語にこだわります。けれどもコンマ数秒の中で脳を高速回転させて瞬時に訳出するのが自分には合っていると思っています。ゆえに翻訳は自分には合わないと感じているのでしょう。ただ、「ことば」自体は好きですので、原書と翻訳版を読み比べたり、映画の字幕を味わったりということはおこなっています。

さらに「家でじっとしているより外に出る方が好き」という性格もあります。今でも通訳準備のためにずっと自宅にこもっていると、煮詰まってしまいます。机からすぐに離れては家事をしたり(「逃避」です・・・)、体力づくりと称してジムへ出かけたりという具合です。要は落ち着きがないのでしょう。

ところで今の時代、書店へ行くと様々な自己啓発本・ハウツー本が並びます。「これだけやればあなたも〇〇できる」「一日たった5分で△△」といったタイトルです。その一冊を読めば、苦手なことや未完の部分でさえ自分にもできるのではと思えてしまうのですね。

ただ、こうした本には説得力があるように思えつつも、「その著者だからこそ」成し遂げられたという部分はあります。万人がハウツー本を読んですべて完璧にできるようになれば、世の中の全員が片付け上手になり、ダイエットに成功してモデル体型になり、リーダーシップを発揮して部下を率いるようになり、誰もが感嘆するようなパワポ資料を作れるようになれるはずです。

本来、人間は完璧に何でもできるわけではありません。「餅は餅屋」で良いのです。脚本家の三谷幸喜さんはこう述べています:

「僕は全くリーダーに向いていない。リーダーになりたくなくて、ここまで来た人間なのです。責任のあるところに立つのが嫌なんです。」

(「私のリーダー論」 日本経済新聞 2019年9月5日木曜日夕刊)

書籍を読み、できないことを無理してでもやれるようにと苦労するのも、もちろん崇高なことでしょう。けれども三谷さんのように最初から自分の向き・不向きを客観的に知っておくことも、大いなる強みであり勇気だと私は思います。

英語関連の仕事もしかりです。

(2019年9月24日)

【今週の一冊】

「全身ユニクロ!朝、マネするだけ」Hana著、ダイヤモンド社、2018年

通訳現場で無難な装いと言えば、やはり黒のスーツでしょう。特に視察などの際には、身動きしやすいように黒のパンツスーツだと安心です。また、靴は着脱しやすいパンプスの方が楽です。以前私はスカート・スーツにヒモ靴という格好で難儀したことがあります。何しろ訪問先のソファは身が沈むようなタイプでスカートの裾が気になり、視察先はスリッパに履き替えなければならなかったからです。

一方、放送通訳現場の場合はテレビ画面が相手ですので、会議通訳・商談通訳ほど神経質になる必要はありません。テレビ局スタッフもカジュアルな装いが多いですね。そうした中、どういう服をどのように組み合わせるかに私自身、興味があり、この一冊を手に取りました。タイトル通り、ユニクロの服でコーディネートするというヒントが満載です。

私自身はユニクロに限らず色々な所で洋服を買います。ただ、大型店舗はくたびれてしまうため、むしろエキナカの小さめのショップの方が、限られた中から選べるので即断即決がしやすいと感じます。乗り換え時間のわずか5分間で試着して支払いを済ませることもありますし、気に入ったものであれば、一気にその場で色違いのものも買うこともあります。どちらかと言うと、ウィンドーショッピングより、「今日は〇〇色の△△を買う」と決めるタイプですので、値段より買い物時間を少なくする方が大事なのでしょう。

本書は365枚のコーディネート写真が掲載されており、とても参考になります。ここに出ているアイテムをそのまま買いそろえるよりも、私の場合は色に注目しています。「なるほど、ピンクと茶色を合わせるのね」「ブルーのスカーフにグレーのシャツならスッキリ」という具合に、配色を重視しています。そうした活用法もありだと思います。

いよいよ本格的な秋。本書を参考にファッションの秋を楽しみたいですね。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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