INTERPRETATION

第447回 コロナ後の新たな生き方、仕事の仕方

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

これまでの人生を振り返ってみると、私は多くの人から影響を受けてきました。暗中模索が続いた大学時代にふとしたきっかけで出会ったのがジャーナリスト・千葉敦子さんの本でした。千葉さんは若くして乳がんで亡くなられていますが、バイタリティ溢れる生き方に大いに励まされました。まだ海外で女性が一人で、しかもフリーランスで暮らすことが珍しい時代にあえて日本を飛び出し、フリージャーナリストとしてニューヨークで生きておられたのです。千葉さんの本はすべて読みました。

以降、「尊敬したい」と思える人が見つかると、その人の著作を徹底的に読み尽くすことを続けてきています。著述家でなく、音楽家ということもありましたね。このコラムでも何度か書いてきた指揮者マリス・ヤンソンス氏もその一人です。マエストロの場合、活字になっているインタビューからはもちろんのこと、コンサート会場であれば客席から見る指揮棒の振り方を、映像であれば視線の使い方や楽団員へのほほえみなどからお人柄を察することができました。

10年ほど前から注目し、著作を読み続けているのがエッセイストの松浦弥太郎さんです。松浦さんは1965年生まれ。高校を中退してアメリカへわたり、様々な職種につきながら、アメリカの本を日本に紹介するという仕事を自ら興し、日本で書店を営み始めました。その後は老舗雑誌「暮しの手帖」の編集長を務められ、現在は「おいしい健康」というITを活用した生活事業を提供する会社のトップにおられます。

松浦さんの文章を読むと、どれも読者に穏やかな気持ちを抱かせる印象を受けます。ことばに温かみがあり、それでいて軸はぶれていないのです。仕事へのアプローチ、生活の在り方、人間関係など、「生きていくこと」において冷静で無理のないとらえ方が綴られています。

たとえば先日私が読んだ「期待値を超える」(光文社新書、2020年)にも印象的な言葉がたくさんありました。いくつかご紹介しましょう。

「困っている人を助けることができる仕事は、誇りをもって、人生をかけて取り組むことができる」(p25)

「もしあなたがTOEIC八〇〇点のように強力な武器を持っていれば、それをさらに細分化してください。自分は話すことや聞くことよりも読むことが得意だ。同じ点数の人間のなかで英文の速読なら誰にも負けない、というように。そうすれば戦いやすくなります。」(p157)

「上司は部下を安心させるのが仕事」(p172)

他にもたくさんあるのですが、この3つが特に印象的でした。特に私にとっては2つ目の自分の強み(武器)に関する文章はとても考えさせられました。なぜなら私自身、通訳者として長年仕事を続けてくる中、同じ通訳業界で働く人間であっても、もっと自分の得意分野をしっかり見つめる必要があるのではないかと痛感するようになったからです。

たとえば私の場合、やはり現場に身を置いて相手の表情を見ながら、あるいは同じ空気の中で全体の雰囲気を肌で感じながら通訳をしていくことにやりがいを感じています。これまでの通訳現場というのは、いずれも「現場に行くこと」が定番でした。けれどもコロナでリモート会議やウェブセミナーが普及し始めた昨今、私のようなアプローチではこの業界において生き残ることが難しくなるのではとも感じています。もちろん、そうした新たな就業形態が必須となるのであれば、その職業の従事者もそれに合わせていくことは必要でしょう。けれども、それと同時に、「では本当に自分がやりたいことは何か?自分が社会貢献できることは何か?」を改めて考えなおすことも大切だと思うのです。

そういう意味でも、自分が指針となる人を探し、その人の著作やインタビューなどから生き方を知り、自分に取り入れられることは組み込んでみる。そして自分の仕事観や人生観を構築していくことは、より大事になってくると感じています。

コロナ後の新たな生き方、仕事の仕方が今、目の前にやってきています。

(2020年6月9日)

【今週の一冊】

「奈良時代MAP-平城京編」新創社編集、光村推古書院、2007年

中学校2年生の途中でイギリスから帰国した私にとって、日本史はとにかく未知の世界でした。日本の公立校に転入したのは2学期の始め。社会科の授業はちょうど日本史のさなかで、教科書を開くと「徳川時代」とありました。私にとっては「徳川家康?トクガワwho?」という状態。以来、日本史はずっと苦手科目でした。

けれども不思議なもので、ふとしたきっかけで日本の歴史に興味が出ると、がぜん、その時代やその出来事にだけは意識が向くようになります。私にとっては昨年末に関心を抱いたの大津事件がまさにそうでした。ロシア最後の皇帝ニコライ二世(当時はニコライ皇太子)が滋賀県大津市で巡査に斬りつけられたという事件です。これがきっかけとなり、気持ちの赴くままに日本史関連の本を「つまみ食い」しているところです。

今回ご紹介するのは、奈良の平城京の昔の地図を、現在の地図と重ね合わせたという面白いコンセプトの一冊です。ページを開くと昔の平城京の上に、現在の奈良の街(トレーシングペーパーに印刷されています)を重ねることができます。

改めてじっくり比べてみると、長い年月を経ていかに市街化が進んだかがわかります。さらに、興味深かったのは、古の神社仏閣の敷地がどのような形で現在分割されていったかということでした。これは私の推測ですが、かんぽの宿や国立大学など、国に関連した施設がどうやら多く建てられている印象があるのですね。貴重な歴史的建造物のある広大な土地を、そうした施設にあえて譲っているのかもしれません。

巻末には平城京に関する資料もたくさんおさめられています。この本を機に、地図という観点から歴史を見る面白さを感じていただけたらと思っています。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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