INTERPRETATION

第89回 昔は良かったなと思うことあれこれ

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

ここ数年のデジタル技術の進歩は本当に目覚ましいものがあります。私は今でも普通の携帯電話を使っており、スマートフォンは未体験です。けれども報道や広告などを見ていると、スマートフォンの機能の素晴らしさには驚くばかりです。

非常に便利になった世の中ですが、その一方で、「昔は良かったな」と思うことがいくつかあります。懐古趣味というわけではないのですが、昔の方が却って便利だったと感じることがあるのです。少し見てみましょう。

1.駅のホームにキオスクがあった
もちろん、今でも大きい駅にはホームに売店があります。けれども最近はホームでなく、改札近くにコンビニ型として設置されている方が多いように感じます。昔の駅売店には店員さんが複数おり、たくさんのお客さんをどんどんさばいていました。電車を待つわずか数十秒でもパッと買うことができ、重宝したものでした。

2.駅員さんがホームにいた
今は自動音声で電車の入線や注意事項が案内されています。私が子どものころは駅員さんがホームにいましたので、行き先などをサッと尋ねることができました。どちらの電車に乗ればより速く目的地へ着けるかなども合わせて教えていただけたので、本当にありがたかったです。

3.書店員さんの勘が頼りになった
かつてはどの駅前にも小さな書店がありました。会社帰りにちょっと立ち寄ることで、気持ちをリフレッシュさせて自宅に帰ることができたのです。昔の書店員さんは根っからの「本好き」が多く、勘を頼りに書籍を探してくれたり、質問に答えてくれたりしたものでした。販売員というよりも、図書館の司書さんに近かったように思います。

4.テレビがすぐについた
今のテレビは機能が高度になった分、スイッチを入れて画面が表れるまで時間がかかります。以前は「入」スイッチを押せば即つきましたので、「今すぐ見たい」「早急に録画をセットしたい」という時にとても便利でした。

5.ボリュームの加減がしやすかった
たとえばカーステレオやテレビ、ラジオなど、最近の機器はどれも音量ボタンを押すタイプです。私の場合、車を運転しながらラジオを聴くことが多いのですが、以前のダイヤル式のころはつまみをひねればすぐに音量を変えることができました。今は何度もボタンを押しますので、その加減が微妙なように思います。

6.ダイヤル電話の方が番号を間違えにくかった
プッシュホンが主流になってずいぶん経ちましたが、私が子どものころはすべてダイヤル式でした。電話番号を見ながらかける際、ダイヤルが戻るまでの数秒に番号を確認できたので、間違えることが少なかったと思います。プッシュホンは早くかけられて便利なのですが、もたもたしていると不通になってしまうので焦ってしまいます。

7.コンロの火加減がやりやすかった
これもダイヤル式かプッシュ式かの違いなのですが、ダイヤルであれば微妙な加減も調節できるように思います。ただ単に私がアナログ派なのでその操作加減をデジタル系で慣れていないというだけなのかもしれませんが、目で見て確認して手で加減を知るというのは私にとって大事な作業になっています。

8.車の窓の開閉がしやすかった
ここまでアナログ式を称賛し続けると笑われてしまいそうですが、車の自動窓も実は苦手です。「寒いから少しだけ開けて駐車券を取りたい」と入庫の際に思っても、ちょっとタイミングがずれてしまうと全開になってしまうからです。パワーウィンドウではなく、手でぐるぐるとハンドルを回すタイプを懐かしく思い出しています。

9.レジで両替ができた
スーパーのレジも最近は進化し、防犯上の理由もあるのでしょうがきっちりのお釣りしか出なくなりました。「ちょっと小銭がほしいので両替してほしい」と思っても、そうしたレジではできなくなってしまったのです。

10.人の経験や勘に頼る時代だった
上記3の書店員さんの話にも通じるのですが、昔は人の経験や勘が頼りになっていたと思います。今の時代、何事もすべて検索して調べられるという意味ではとても便利になりました。けれどもぴったり合致しない言葉を入力してしまうと、なかなか検索されないということがあるのです。たとえば、書店の端末機で「子ども」と入れるべきところを「子供」と漢字にしてしまい、結果がでなかったということがありました。

以上、日ごろ私が感じている10の項目を並べてみました。「だから昔の方が良かった」と言うのではなく、以前「便利だった」という部分を今の時代にも取り入れていけば、より暮らしやすくなると私は思っています。

(2012年10月8日)

【今週の一冊】

「かなしみはちからに 心にしみる宮沢賢治のことば」齋藤孝・監修、奥山淳志・写真、朝日新聞出版、2011年

先日読んだ本に「100冊をやみくもに読むよりは、同じ本を100回読んだ方が得るものがある」という趣旨のことが書かれていた。乱読型の私は大いにこの一文にハッとさせられた。そう、一回読んだだけで処分されてしまうような書物を読むよりも、何度も読むことで理解が深まる方が大事なのだ。

今回ご紹介する本は、宮沢賢治の作品の中から齋藤孝先生が選んだ珠玉の言葉が掲載されている。オビには「混迷の時代を生きるすべてのひとびとへ 生きる力、希望がわいてくる」とある。何の不自由もなく暮らせるのが今の日本であるが、その一方で人々の心はどうであろう。悩みの沼から抜け出せず、苦しむ人が多いのではないだろうか。

岩手の自然の中から生まれた賢治の言葉は、そんな今だからこそ重みがある。厳選された言葉を読み、かみしめ、自分の心にそっととどめてあげることで元気が出てくると私は感じた。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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