INTERPRETATION

第466回 守られている

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

先日のこと。とある重要なデータを誤って失くすという大ポカをしてしまいました。仕事関連ではないとは言え、自分のうっかりミスをとても後悔しました。日ごろ慎重なタイプを自認していた分、自らの判断の甘さを悔やみましたね。

ちなみにこのようなとき、人はどのようにとらえるでしょうか?

*自分の行動を大いに悔やむ。「そう言えば私は前も○○して失敗したっけ」「あ、確か数年前に別件の△△でもヘマをしてしまった」という具合に、過去の自分の失敗が次々と思い出されて落ち込んでしまう。
*さらに「私の不注意がいけないのよね。それともやっぱり若い頃みたいにマルチタスクができなくなったのかしら?もしかして加齢ってこういうこと!?」と思い悩む。

この場合、ただでさえ自分のミスが大打撃をメンタルに与える中、さらに自分で自分を断罪しかねなくなります。そうなればますます辛くなってしまいますよね。

一方、以下のような考え方もできます。

*済んだことは済んだことであり、時間を巻き戻すことはできないととらえる。そして自分が「今、この瞬間に」何ができるかを必死に考える。そして即、行動をとる。
*自分の力ではどうにもならないのであれば、プロの手を借りる。専門家が解決してくれそうであるならば、有償であってもその費用を惜しまない。

こうしたとらえ方も可能です。この場合、とにかく自ら動いてみて四方八方手を尽くしてみることになります。それで解決すれば万々歳です。一方、たとえうまく行かず、現状のままであったとしても、「何もしないまま現状変化なし」よりは納得できます。

私は今回の自分の失敗において後者を選択しました。その日は午後から授業があり、時間に限りがあったのですが、午前中の数時間に色々と動いてみました。結果的には残念ながら状況に変わりはないままとなったのですが、自分なりに行動をとることはとったのですね。もちろん、諦めるのが難しかったとは言え、結果を自分で納得して受け入れることにしました。

確かに「失くしたこと」は事実なのですが、その一方で「得たもの」もありました。落ち込む私を励ましてくれた人たちはもちろんのこと、復旧に向けて走り回る最中に、とある食品フェアに遭遇。しかも以前旅先で入った某カフェが出店しており、首都圏では買えない商品を購入できました。

ちなみにその後、私は自らのこの体験についてSNSに英文で少し書きました。そのときに心がけたのは、「なるべく今まで使ったことのない英単語を用いてみよう」ということでした。そして一文が出来上がりました。

そしてその翌日。

放送通訳の現場で、その単語が出てきたのです。「あ、この用語は昨日私が辞書を引いてSNSで使った単語だ!」とすぐにピンときました。お陰で焦らずに通訳できたのです。

まったくの偶然に内心、驚きました。
と同時に、「失うものはあったけれども、その一方で自分が得たもの」に改めて心から感謝しました。
「捨てる神あれば拾う神あり」は英語で”When one door shuts, another opens”と言います。

支えてくれた周囲に、そして放送通訳という仕事に、私は大いに助けられ、そして守られていると実感したのでした。

(2020年11月3日)

【今週の一冊】

「魔法の鍋帽子」婦人之友社編集部著、婦人之友社、2012年

私は料理が得意ではありません。でも私の考え方が古いからなのか「やはり女性はお料理上手でないと」という呪縛にさいなまれて(?)来ているのですね。そこで経済評論家・勝間和代さんの本を読んでなるべく時短・簡単な料理法を学んだり、クックパッドで容易にできそうなレシピを探したりと自分なりに工夫はしています。そのような延長で手にしたのがこちらの本。鍋帽子は厳密には婦人之友社の登録商標で、タイトルの後ろに「®」マークがついています。

鍋帽子の仕組みは実に簡単。お鍋に食材と調味料を入れて加熱し、少し煮込んだら厚手のカバーに入れてそのまま保温するだけです。つまりコンロをふさぐこともなく、ほったらかし調理ができるというわけです。本全体をめくって分かったことは、「加熱→煮込み10分」がどうやら基本ということ。そこさえおさえておけば、様々なお料理に応用できそうです。

ちなみに先の勝間さんの動画を先日見たところ、興味深い内容でした。それは、「人というのは自分が得意なことでは完璧を求めないのに、不得手なことには極端に完璧を求める」というものです。確かに私の場合、同時通訳や英語は好きですが、それゆえに完璧を求めることはしません。不明単語に出会ったら調べる、それだけです。でも料理は不得手な分、つい「おいしく作らねば」「なるべく手作りで」と縛られてしまうのですよね。

鍋帽子のレシピはどれもオーソドックスなものばかり。肩ひじ張らずに少しずつ試してみたいと思っています。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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