INTERPRETATION

第392回 転んでもただでは起きるまい

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

日本に暮らしていて「良いなあ」としみじみ思うこと。それは「安全」です。夜道を一人で歩いていても身の危険を感じることはほとんどありません。フードコートで荷物を置いたまま席を外しても盗まれることは稀です。ジャーナリストの千葉敦子さんはニューヨーク在住経験をつづった本を出しているのですが、その中で「朝、目が覚めたらとにかくすぐに新聞を取り込む」と書いていました。なぜなら「盗まれてしまうから」です。千葉さんが暮らしていたのはオートロック・マンションですので、新聞を盗むとなると、住民しかありえません。そうしたモラルの低さを嘆いておられました。そう考えると、日本はまだ安心・安全なのだと感じます。

私は自分の人生で何度か物を盗られたことがあります。自分自身、慎重なタイプですので、置き場所には気を配ってきたつもりです。それでも仕方がないときというのはあるのですよね。

1度目は小学校5年生、イギリスに暮らしていたときです。当時通っていた学校にはクロークルームがあり、体操着や授業で使わないものは自分のフックにかけていました。ある日のこと。お弁当が盗まれてしまったのです。ランチバッグに入っていたサンドイッチだけ、食べ尽くされてしまい、残されていたのはパンかすだけでした。校内の誰かが空腹のあまり食べたのかなあと思いました。以来、お弁当箱は教室まで持っていくようになりました。

2つ目は大学4年の時に旅行したワシントンDCでのこと。観光バスツアーに参加していました。お土産で買った絵葉書3枚入りの茶封筒を、とある名所に到着した際、自分の座席に置いて下車しました。ところが見学から戻ってみると無くなっていたのです。バスは見学中ロックされますので、乗客・乗員の誰かの仕業と思わざるを得ません。悔しさのあまり、最前列から最後列までこれみよがしに(?)探しまくりましたが見つからず。私がそうして探す姿を、その人も見ていたということになります。

3回目は大学4年にハワイへ出かけた際の出来事です。日本から持参した現金8万円をスーツケースに入れて外出しました。戻ってみると無くなっていたのです。鍵をかけていなかった私に全面的に非があるのですが、信用を元に滞在していただけにショックでした。以来、スーツケースに貴重品を入れる際には必ずロックしています。

4つ目は数年前、地元スーパーでのこと。12ロール入りトイレットペーパーを買い、支払いを終えて台で袋詰めをした後、うっかり置き忘れてしまいました。5分後に帰宅して気づき、すぐにスーパーへ電話したのですが、すでに消えていました。となると、その数分間の出来事ということになります。これも悲しかったですね。でも夫に話したところ、「298円分トクしたからと言って、自分だったらそんなペーパーで拭きたくはないなあ」と一言。そのオモシロ発想に救われたのでした。とはいえ、以来、スーパーでは気を付けるようになりました。

そして最後は数日前のこと。私は自転車のカバー付き荷台にレインポンチョを常備しています。急な雨に備えるためです。ところが駅の自転車置き場に置いておいた数時間の間に無くなってしまったのです。朝、自転車ラックに入れた際には入っていたのを確認しています。ちなみにその自転車ラックは「後輪のスタンドは立てないでください」とあり、私もそのようにして駐輪しています。ところが夕方に出庫しようとしたとき、なぜかスタンドが立っていることに気づいたのです。「ポンチョを失敬してわざわざスタンドを立てるという痕跡を残していったのねえ」と思いました。名探偵コナンの出番です。

ところで「盗む」という単語は英語でもいろいろありますよね。theftは「盗み」、burglaryは「住居侵入」、shopliftingは「万引き」、larcenyは「窃盗罪」、stealingも「窃盗」です。一方、「強盗」はrobbery、mugging、holdup、break-in(家や車への不法侵入)などなど、実に沢山存在します。ちなみにイギリスの人気バンドClean Banditのbanditは「山賊、追いはぎ」という意味です。2014年に出た大ヒット曲”Rather Be”のMV冒頭には「清潔な盗賊」という文字が・・・!
https://www.youtube.com/watch?v=m-M1AtrxztU

なかなか面白いですねえ。

ということで、「レインポンチョ無くなってショック事件」にめげることなく、「転んでもただでは起きるまい」と心を強くして、英語学習に結び付けたのでした。チャンチャン!

(2019年4月16日)

【今週の一冊】

「魔法の鍋帽子」婦人之友社編集部著、婦人之友社、2012年

仕事と家事のバランスをどう図るか。働く人にとって課題ですよね。私も試行錯誤を続けており、今も時短や効率を目指しています。

今回ご紹介するのは鍋帽子に関する一冊。鍋帽子は、お鍋にかぶせて余熱で調理するというものです。コンロが2つしかない我が家は鍋帽子を大いに重宝しています。本書を発行しているのは「婦人之友」という老舗雑誌でおなじみの婦人之友社。一見地味な雑誌ですが、私は質実剛健なこの雑誌が好きで、時々読んでいます。

本書はレシピ集で、和洋中華だけでなくデザートまで出ています。目次を見ると、チキンポトフ、ポークカレー、みそ煮豚、スープにプリンなど、バリエーション豊かです。また、鍋帽子愛用者のインタビューもあり、参考になります。

私はネット通販で売られている鍋帽子を持っており、本書にある鍋帽子とは形が若干異なります。それでも仕組みは同じですので、このレシピを見ながらせっせと作っています。

我が家では朝のうちに食材の下ごしらえをし、夕方帰宅後に一気に調理します。火が通ったら鍋帽子に入れておくだけ。19時の夕食時間になるとちょうど柔らかくなっており、食べごろです。忙しい日は朝のうちに鍋帽子に入れることもあるのですが、夕食時でも温かさは残っています。

お鍋であれば大量に作れますので、作り置きにも最適。たとえばスープを鍋帽子で作ったら、次の日はカレーや煮物にアレンジすることもできます。コンロを長時間ふさぐこともなく、大いに助かっています。忙しいご家庭にお勧めです。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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