INTERPRETATION

第472回 人間関係の醍醐味

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

11月26日の日経新聞に由美かおるさんのインタビューが掲載されていました。最近、日経では「人生100年の羅針盤」と特集するページが定期的に載っています。老後のことや晩年の過ごし方などの記事も盛り込まれている連載です。

由美かおるさんは現在70歳。芸能界に入ったのは15歳のときだったそうです。「水戸黄門」の出演は25年間続いたと書かれています。

インタビューの中で印象的だった箇所をご紹介します。

「若い頃は、どちらかと言えば人見知りで、苦手だなと思う人もいました。今は波長の合わない人でも、こういう人もいるんだなと、面白がれるようになった。」

人間関係というのは複雑ですよね。生きていれば相手も自分も色々な価値観に触れたり、様々な人との交流を通じて考え方が変わったりしていきます。出会った当初の印象とどんどんずれていくこともあるでしょうし、何かがきっかけで自分が、あるいは相手が激変してしまうこともあります。それが生きるということだと思うのですね。

でもいざそのような状況に陥ると、人はとても傷つきます。

「最初の頃と異なってきたのはなぜだろう?」
「私が悪いことをしたから変わってしまったのかしら?」
「でも私には身に覚えがないし・・・。」

という具合に、あれこれと考え始めては堂々巡りになってしまいます。出口が見えづらくなり、ますます辛くなるという悪循環に陥るのですね。

でも、人間というのは、生きている以上、変化し続けるのだと最近の私は思うようになりました。人生という道のりにおいて、人はその人なりの枠の中で「進化している」のです。他者に対して自分からそれを阻んだり食い止めようとしたりすることは、たとえ近しい間柄であっても難しいでしょう。

私も昔働いていた職場で、最初は信頼していたものの、その正反対の展開になり、苦しく思った経験があります。

悩みを相談したり、アドバイスを頂いたりしていたので、信じていたのですね。現にその方は温厚で人当たりが非常に良く、一見「良い人」でした。けれども、私について事実無根のことを上司に告げるなどしていたそうなのです。それを私が知ってからしばらくの間は、私もどうふるまって良いか戸惑いました。

その後、私は違う仕事へと移ったのですが、後に風のたよりで聞いたのは、その方が同様の行為を他の複数名にもとったため、組織内での信頼を失っていった、というものでした。

当時の私は若かったため、その渦中にいたときは大いに苦しい思いをしたのですが、今、振り返ってみると、それこそ由美かおるさんがおっしゃるように「この人は私と波長が合わない。こういう人もいるのだ」と割り切っていれば良かったのかもしれません。

「人間関係」というのは一筋縄ではいかないからこそ、人は悩み、試行錯誤するのでしょうね。でもその先には必ず喜びや良き人との出会いがあると私は思います。現に私自身、上記の経験をした後、仕事を通じて生涯尊敬したくなるような方々との出会いが何度もありました。

ありがたいことだと思っています。

(2020年12月15日)

【今週の一冊】

「夢は薬 諦めは毒」佐伯チズ著、宝島社、2020年

佐伯式で知られる美容アドバイザーの佐伯チズさん。惜しくも難病ALSにより、今年6月に亡くなられました。若干76歳でした。

私は佐伯さんのお名前は色々な所で拝見していたので存じ上げていたのですが、具体的な美容法についてはあまり知らない状況です。しかし、色々なインタビューを拝読し、凛とした生き方、女性の美を引き出したいという使命感などに感動し、本書を手にしました。

佐伯さんは美容アドバイザーとして独立される前は、ゲランを経てクリスチャン・ディオールを定年まで勤めあげています。しかし働いている間は、様々な困難にもぶつかりました。左遷や嫉妬、嫌がらせも経験したそうです。しかしそのたびに、持ち前の勇気をもって克服していきます。本書ではそうした経験がさらりと書かれていますが、渦中におられたころは、さぞ心身ともに疲弊されていたと想像します。でも危機をチャンスとしてとらえるところが佐伯さんの強みでもあったのですね。

印象的だった箇所を紹介します:

「諦めることと同じように、動かないことも、夢を遠ざけちゃう」(p36)
「誰にでもぺこぺこおべっかを使う女性より、気位が高くエネルギッシュな女性のほうが、周囲も魅力的な人だと思うはず。」(p66)
「もっと自分を大切にしなさい、自分を愛してあげなさい」(p79)

いずれも生きていく上で大切なことだと思います。そして私が最も感銘を受けたのは:

「人に何かを教えるとき、自分も『共育者』として成長しているかどうかを考える必要がある」(p169)

という文章でした。私自身が学生や社会人の皆さんに指導をする立場にあることから、しっかりと心に留めておきたいと思います。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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