INTERPRETATION

第473回 好転

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

ここ数日、仕事が立て込んでいました。複数の案件をかけもちしたり、授業や執筆をしたりと、例年になく慌ただしい日々でした。関節痛が再発したこともあり、以前のようなペースで早歩きをするのが難しいため、時間も要してしまいます。「ついでに」何かをする、というのは私の信条(?)であったのですが、それをするとくたびれてしまうのですね。

先日のこと。早朝シフト明けで眠気がすさまじい中、リフォームに出していたコートを引き取りに某デパートへ。まだ午前なのにものすごい人混みです。クリスマス前だからかしらと思っていたところ、会員ポイントサービスデーだったのですね。なるほど。

もともと人混みが苦手な私ですので、その人混み(しかも地下鉄から上がって入ったのが「デパ地下」ゆえ、すごい人!)をかきわけながら、リフォームのフロアへ。無事にコートを引き取り、帰宅の途につきました。

が、前々から買いたかったダウンジャケットもこの日に買う予定でしたので、疲れてはいたものの、お店に立ち寄って購入。ようやく電車に乗り、自宅最寄り駅に着きました。ヘロヘロしながらスーパーでお買い物をして帰宅。昼食もまだでしたので、「さあ、お昼ご飯を食べて30分だけ仮眠しよう!」と何とか力を振り絞ったときのことでした。

なんと!
腕時計が外れなくなってしまったのです。
私が愛用している腕時計はメタルバンドで、突起を押すと外れる仕組みになっています。ところが、いくら押しても外れないのです。

さあ、困りました。例えとしては変ですが、手錠をかけられたような感覚に陥りました。

素手で突起を何度も押し続けた結果、親指は痛み出すわ、気持ちは焦るわ冷汗は出るわという状態です。
痛いのでゴム手袋や外出用手袋、タオルなどを使って突起を押してみたものの、全く動きません。

ネットで外し方を検索したところ、結局は「時計店へ行き、専門器具を使って外してもらうのが一番早い」と出ていました。

「うーん、お腹も空いているし、眠気はひどい。ここで疲労回復したかったのに、なぜよりによってこのタイミングでこんなことに??」
と内心、状況を嘆きましたね。

でもそのとき、こう心の中で唱えてみたのです。

「このことはきっと良いことにつながる。好転する」

幸い、車で10分ほどのところにお店がありましたので、事前に電話連絡をして持ち込むことにしました。運転中、ひたすら「良いことになる、好転する」と呪文みたいに言い聞かせていたのですね。さもないと気持ちがズドーンと落ち込みそうだったからです。

無事、時計店で外してもらったのですが、お店の方がとても感じが良く、「駐車券は1時間無料だから大丈夫ですよ」と教えてくださるなど、ホッとする会話のやりとりができました。

さらに併設スーパーを巡っていると、おいしそうなお総菜が破格で売られており、こちらも購入。そして無事に帰宅できたのでした。

確かに「当初の計画」から大幅にずれ込みましたが、それでも軽食をとり、軽く仮眠をとることもでき、その後は生産的に仕事ができたのですね。

大変な一日ではありました。

でも、「ことばのチカラ」は私が思っていた以上に大きいことに気づくことができました。

「大丈夫、大丈夫。きっとこれは良いことにつながる。好転する。」

これからもこのような考え方を習慣づけたいと思っています。

さて、本コラムは第5火曜日がお休みのため、2020年はこれが最後となります。また2021年1月5日火曜日にアップいたしますね。今年もありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。

(2020年12月22日)

【今週の一冊】

「前略、高卒認定試験です。」生駒富男著、ごま書房、2007年

近年、「学校に通いたいけれど、行けない」という生徒が増えています。いわゆる不登校問題です。私が中学の頃は「登校拒否」と言われていましたが、その後、「拒否をしているのではなく、行きたくても体が言う事を聞いてくれない」という観点から「不登校」という言葉が使われるようになったのですね。

本書は通信制高校・第一学院高等学校の理事長によって書かれたものです。「高卒認定試験(高認)」はかつて「大検」と呼ばれていました。「大検」というのは、一定の試験を突破していれば「大学の入学試験を受ける資格を得る」というものでした。高校中退者でも受験して合格すれば、大学の入試を受けられたのです。しかし、あくまでも「大学入試受験資格」というものでしたので、肩書は「高校中退」となってしまうのでした。

それが改善され、「高校卒業を認定し、なおかつ、大学入試の受験資格を得る」という位置づけになったのが「高認」です。これは画期的な転換点となりました。つまり、この資格を有していれば、たとえ大学に進学しなくても就職などで「高卒以上」という条件のところに応募できるようになったのです。

本書には様々な事情で高校に行けず、第一学院で学び直しをして目標を達成した人や、夢に向けて歩む人たちの体験談であふれています。みなさん色々な体験や苦労を経て、この学校で学びの楽しさと自己肯定感を得て前進していることがわかります。

通信制高校と聞くと、中にはポジティブでないイメージを描いてしまう人がいるかもしれません。けれども、いわゆる「普通の高校生活」を我慢しながら続けて心を壊してしまった場合、貴重な3年間を失うことになってしまいます。本書を通じて私は通信制高校の素晴らしさ、そして生徒に寄り添う教職員の方々の献身を改めて知ることができました。

人生は一度きりです。自分がまずは自分を大切にする。自己を認めることができれば、他者に幸せをもたらすことができます。そしてそれが世の中を支えていくことになるのですね。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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