INTERPRETATION

第474回 指導者の役目とは

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

みなさま、明けましておめでとうございます。昨年は本コラムをお読みいただき、ありがとうございました。今年もみなさまにとりまして、ヒントになるような文章を綴ってまいりたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

さて、今回は「指導者」についてです。

大学生の頃、私はサークル活動とアルバイトにはまってしまい、決して模範的な学生ではありませんでした。当時は出欠の厳しさも今とは基準が異なっていたのですね。とは言ったものの、教職課程を二つ(英語・社会)取りつつ単位が足りないまま4年生へ進級。4年生になってから慌てて月曜から土曜日までみっちり授業に出ていました。

ちなみにアルバイトは色々と経験しました。スーパーの棚卸、レジ係、デパートの店員、催事場のスタッフ、倉庫での棚卸などです。一日だけのバイトはお給料も良かったので、そればかり探していました。

一方、大学時代に経験しそびれたのが塾講師です。家庭教師はしていたのですが、大勢の生徒の前に立って授業をするということをしないまま、社会人となりました。

多くの年月を経て、ひょんなことから人前で授業を担当するようになり、現在に至っています。最初のうちは立ち方や目線、時間配分など滅茶苦茶で、緊張もあって本当に大変でした。自分の指導力の無さ、受講生の方々への申し訳なさなど、授業後の帰路はいつも敗北感でいっぱいだったのです。

数々の指導ハウツー本も読みましたが、私にはとうてい出来そうもないような素晴らしい内容ばかりでした。そして余計、そこまですら達していない自分が情けなくなったのです。

「一体いつになったら、自分は自信をもって教壇に立てるようになるのかしら?」

「受講生が『受けてよかった』と思っていただけるような授業を実施できるようになるにはどうしたら良いのかな?」

そのようなことを考える日々がずいぶんと続きました。

そして経験を積み重ねるにつれて、あることに気づかされました。

それは、「授業に完成形は無い」ということでした。

通訳業も同じですよね。いくら準備をしても完璧な通訳アウトプットができるとは限りません。授業も同様なのですよね。

ただ、私なりに気を付けていることはあります。それは、「受講生には受講生なりに、置かれた環境や事情がある」ということです。

たとえば課題を忘れたり、授業中に指名しても一言も話さなかったりというケースがあったとしましょう。私が子どもの頃であれば、宿題を忘れれば叱られましたし、授業中に発言できなければ、そのように通知表に書かれました。

でも、時代は変わってきています。世の中も複雑になってきており、人の心もその分、昔とはケタ違いに悩んだり迷ったりすることが増えているように思うのです。

また、日本の景気低迷で金銭的な事情や家庭の複雑な環境なども、高度経済成長期とは異なる状況になってきていると言えます。

よって、教える側は「もしかしたらこの受講生は何かしらそのような環境下にあるのかもしれない」と考える必要がある、と私は最近思っています。

頭ごなしに正論を振りかざしたところで、やる気スイッチがオンになるわけではありません。

むしろ、寄り添って見守ってきっかけを作ってあげるのが指導者の役目だと私は感じます。

これまで私がお世話になった先生は、どなたもみな謙虚な方で、常に若い人たちに敬意を払い、心遣いをして下さっていました。先生方から受けた優しさや思いやりが、私にとっての理想の指導者像です。

素晴らしい先生方に出合えたことに感謝しつつ、私もそのような人物になれるよう、今年も引き続き尽力したいと思っております。

(2021年1月5日)

【今週の一冊】

「発達障害サバイバルガイド」借金玉著、ダイヤモンド社、2020年

発達障害という状況下で生きていくにはどのようにすれば良いか。それがこの本の大きなテーマとなっています。著者自身が大学時代にADHDと診断され、様々な失敗を教訓として、自ら編み出した「生きるためのヒント」が47個、紹介されています。私は最近、発達障害やグレーゾーンに興味を抱いていることから、本書を手に取りました。

帯には「発達障害者の困りごとを全て網羅!」とあります。けれども、これは発達障害でない人にとっても大いに開眼できる内容でした。とりわけ昨今のコロナで何もしたくなくなってしまったり、気持ちが落ち込んでしまったりする人にとって、本書のヒントはとても励みになります。

著者の借金玉さんは、冒頭で自らを「日本一意識の低い自己啓発本作家」と称しておられます。しかし、実際に読み進めてみると、生きていく上で誰もが心がけたい素晴らしいライフハック的なことがたくさん出ているのですね。

たとえば、最初に紹介しているのは「食洗器」の購入。先延ばしのクセを脱するには、食洗器を始め、様々なグッズに投資して良いと説きます。一方、洋服に関して大事なのはデザインや価格、ブランドよりも「着心地」。感覚過敏の著者にとって着心地が悪いとそれだけで生産性が落ちてしまうそうです。確かに私もタートルネックのデザインが大好きなのですが、どうしても首周りに布地がぴったり付くと気になってしまいます。他にも「食洗器のサイズに合わせて四角いお皿を大・小と揃えれば、スペース的にも収まりが良くなる」という部分も納得できました。

「あなたのやり方やあなたの道具、あなたの環境を変えるべき」という一言は、とりわけ心に響きました。また、「人生がうまくいかないとどうしても発生してくる自罰的感情」は「あなたを救いません」(いずれもp318)とも書かれており、励まされます。

発達障害者に限らず、すべての人に読んで欲しい一冊です。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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