INTERPRETATION

第487回 きっと交互だから

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

競泳・池江璃花子選手が白血病を宣告されたのは2019年の始めでした。まだ東京五輪が2020年夏に実施されると思われていたころです。しかしその後、世界はコロナウイルスに見舞われ、オリンピック・パラリンピックは2021年に延期されました。一方、池江選手は絶望の中でも生きる希望を捨てず、五輪の出場切符を手にします。誰もが感動した姿でした。

池江選手ほどの大変な状況に見舞われたことは私自身ありません。よって若き池江選手の心境は想像の範囲内でとどまってしまいます。でも、人は誰もが生きている中で、本人にしかわからないとてつもない苦しみを味わうものだと感じます。

私の場合、振り返ってみると「毎日が辛い」と本格的に感じたのは小学校4年生のとき。イギリスの学校に編入したころでした。英語が全く分からず、当時は日本人はおろかアジア人自体が少ない現地では、子ども心に肩身の狭さを感じていたのです。街中で心無い言葉を浴びたこともありますし、学校では言葉も話せず運動音痴とあって、クラス内のお荷物でした。一日がとても長く感じられ、「逃げ出したいけれど逃げる場所が無い」と思いながら日々を過ごしていました。

でも4年も経つと英語もわかるようになり、友達もできて楽しい日々が続きました。そのさなかに突然の父の帰国命令。「私だけ残る」と言い張るも学校に寮は無し。ホームステイもできずということで渋々帰国したのでした。「辛かったけれど、楽しいイギリス生活だった」と今は心から思える子ども時代です。

その後、中学高校大学でも人間関係や勉強などで悩むことがありました。が、やはり大変なことがあっても、時間の経過とともに解決していくことで救われました。社会人になってからは組織や仕事のハードさを痛感する一方、達成感を味わうこともできたのです。

フリーの通訳者になってからも同様です。あまりにも内容が難解過ぎて、業務終了後は敗北感でトボトボと家路についたこともあれば、素晴らしき演説の通訳を担当することができ、人生観が変わったこともあります。ことわざにある通り「楽あれば苦あり」、そして「捨てる神あれば拾う神あり」なのでしょうね。

新年度が始まり、学生のみなさんにとっては授業が本格的になったことでしょう。新・社会人の方々にとっては研修から配属という状況かもしれません。これからみなさんにとって、楽しいことが沢山やってきます。と同時に、大変なことにも直面すると思います。

「ツライな、きついな」と感じたときは、どうか「その先にはきっと良いことがある」と遠い先を見るようにしてみて下さい。でも自分一人で抱え込まず、身近な人やプロの方の助けを仰いでください。その循環をうまく自分の中で作り上げることができれば、レジリエンスのある心を持って歩んでいけるはずです。

「物事は交互に来るのだから大丈夫、大丈夫」と思えれば、先が見えてくると思います。

(2021年4月13日)

【今週の一冊】

「世界のショップバッグ コレクション」モンサ・パブリケーションズ編、グラフィック社、2012年

今や世界各地で資源保護のためにレジ袋やお店の紙袋が有料化されています。かつては無料であり、あまりにもデザインが素敵であるがゆえに捨てがたく、押し入れの中に紙袋ばかりたまってしまったという経験は、誰もがお持ちなのではと思います。

ショッピングバッグというのは、そのお店にとってはもう一つの広告塔ですよね。おしゃれなデザインや高級な紙や紐を使ってあると、それを持っているだけで嬉しくなります。店名が書かれていなくても、柄だけでどこの店舗か一目でわかるものもあります。

本書に紹介されているのは海外のデザインです。とても斬新で人目を引くものばかりです。たとえば、持ち手の部分が紙の本体に穴あきとなっており、紙の方には幼児が手をあげている写真が描かれています。持ち手を持つと、まるでその子と手をつないでいるような形になるのですね。

他にも「持ち手の部分を切り取るとハンガーになり、買ってきた服をかけられる紙袋」や、「内側に本格的なデザインが描かれているもの」など、色々な紙袋が紹介されています。

私は日ごろ、こうした紙袋やショップカード、広告などのデザインが好きでよく注目しています。本書をきっかけに紙袋への関心がさらに高まりました。

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柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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