INTERPRETATION

第498回 とらえ方は自由

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

光文社新書から出ている「目の見えない人は世界をどう見ているのか」(伊藤亜紗著、2015年)という本を読みました。先日、ピアニスト辻井伸行さんについて別のコラムで書いたこともあり、視覚に不自由する方々は、どのように様々なものを捉えているのか、改めて興味を抱いたからです。

著者の伊藤さんはもともと生物学者を目指していたそうですが、大学3年次に文系に変更し、今は美学や現代アートを専門にしておられます。

本文によると、人間というのは、外界から得る情報の80~90パーセントは視覚によるものなのだそうです。と言うことは、視覚経由の情報を得られない状況の場合、どのような世界観や空間把握、情報入手をするのか、というのが本書のテーマです。

登場されるのは、伊藤さんが実際にインタビューなさった視覚障害に見舞われた4名の方々です。本文には図解もあり、空間のとらえ方や触覚の話など、実に興味深いものでした。

中でもとても印象的だったのが以下の文章です。39歳で失明し、現在は鍼灸師を務める難波さんという男性の言葉です。難波さんは、スパゲティのレトルトソースをまとめて購入後、いざ食べようとしてもどれがどの味なのかわかりません。でもそうした状況を悲観するのではなく、「くじ引き」ととらえておられるのですね。

「残念というのはあるけど、今日は何かなと思って食べたほうが楽しい」(p193)

と述べています。著者はこうした心の持ち方を「見えないことに由来する自由度の減少を、ハプニングの増大としてポジティブに解釈している」(p194)と解説しています。

また、難波さんは都会の雑踏を歩くことを「お化け屋敷」と例えておられるそうです。つまり、不自由なことをユーモアで楽しむというスタンスなのですね。

コロナで大変な日々が続いています。そこから派生して色々と悩みを抱く方もおられることでしょう。でも、どうとらえるかは自分に与えられた選択肢であり、それは自由に考えて良いのですよね。

近視眼的にならず、心を明るく前向きに楽しく持っていきたいなと思います。

(2021年7月6日)

【今週の一冊】

“Aerial Observations on Airports” Tom Hegen, Hatje Cantz, 2020

今回ご紹介するのは、ドイツ・フランクフルト空港の上空を撮影したものです。とらえた時期は昨年のコロナ真っ最中のころ。すべての航空機が止まってしまい、駐機している様子が写し出されています。それまで当たり前だったことが突然異なる光景を生み出していることがわかります。

私は子どもの頃から飛行機が大好きで、自宅にいるときはいつもネットのフライト追跡マップのアプリをオンにしているほどです。ようやく少しずつ飛行機の数は増えてきた感じがしますが、かつてほどには戻っていません。それでも上空で飛行機のエンジン音がして見上げると、少しずつ日常の復活に向かっているように思えて勇気づけられます。

撮影したTom Hegen氏は若手カメラマンでドイツ出身。ドローンで撮影したかのような写真のアングルは、すべて自身がヘリコプターで上空からとらえたものでした。その方法とは、他のスタッフにヘリ操縦を任せる中、本人は複数の命綱をヘリにつけて、ヘリのドアから半分身を乗り出して撮影する、というもの。巻末にその説明がありますが、高所恐怖症の私など、想像するだけで鳥肌が立ちます。

けれども、そうしてとらえたコロナ禍は、写真を見る者に新たな視点を与えてくれます。大好きなKLMのブルーの機体が上からとらえられてページに写し出されていたのも嬉しい収穫でした。

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柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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