INTERPRETATION

第507回 なぜダメ出し?

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

授業やセミナーなどの質疑応答でよく尋ねられるのが、以下の質問です:

「お勧めの教材は何ですか?」
「一日何時間勉強すれば良いですか?」

確かに私自身、通訳者になる前はこの2つの問いが常に頭の中にありました。「どうすれば実力アップにつながる教材を見つけられるか?」「フルタイムの仕事をする中、時間捻出をする上ではどのような工夫が必要か?」を考えていたのですね。

実際に通訳者になって年月が経ちましたが、私は先の2問に絶対的な「正解」は持ち合わせていません。なぜなら私自身、状況に応じて自分が求める教材の種類は変化を遂げてきたからです。「ん?最近、文法力が怪しいかも」と思えば文法学習に力を入れますし、「このところシャドーイングがおざなりだ」と感じれば、意識的に音読やシャドーイング時間を増やすのですね。つまり、このテキスト・この方法「さえ」やれば良い、というのではないことを痛感しています。

一方、勉強時間もライフステージに応じて変わってきています。実家にいたころは、家事を親任せにできましたので、かなり捻出できましたが、家庭を持てばそうもいきません。ツーリズム業界同様、通訳の世界は繁忙期・閑散期があり(もっとも、コロナになってからは状況も変わりましたが)、忙しいときは中食が増えたり、家の中が片付かなかったりということも増えてきます。さらに、若い頃と比べれば疲れがたまりやすくなりますので、マッサージやジムでのトレーニングなど、身体管理への時間も必要となります。よって「お勧め教材」同様、勉強時間も置かれた状況によりけりなのですね。

ではなぜ人は「正解」を求めたくなるのでしょうか?

これにはいくつか理由があります。まずは、「自分で考えるよりも、その道の達人にヒントをもらった方が効率的である」という点です。未知の世界へ踏み出す際、不安はつきものです。自分で試行錯誤するのは何となく怖いし、時間的ロスが出るかもしれないと思うと、つい外部にハウツーを求めたくなるのですね。

もう一つは、私たちが現在置かれた社会環境が挙げられます。今やネットで検索すれば、ピンポイントでいくらでも方法やヒントが出てきます。書店に行けば、自己啓発本やビジネス本が山積みになっており、著者の成功体験が目に入ってきます。すなわち、今の時代というのは、「個人個人が工夫をすること」よりも、「周囲にあるヒントを探すこと」が当たり前になっていると思うのです。

でも、これで本当に良いのでしょうか?他人が作り上げた「基準」を追いかけて、自分自身は満足できるのでしょうか?もちろん、中には他者の方法が自分の価値観とぴったり合うこともあるでしょう。でも自分と他人は別人です。いざハウツーをなぞってみても、納得いかないという状況に直面してしまいます。そこでまた方法論を求めてさまよい、実力アップにもなかなかつながらず、マンネリ化や焦りで夢をあきらめてしまうのではないでしょうか。

最近私は、とあることに気づきました。それは「鏡を見た時の自分」と、その時の「無意識の反応」についてです。朝、洗面台で身支度をしている際、鏡の向こうの自分は「日焼け対策を怠ったから、シミが増えた」「若い頃と比べてしわが目立つ」「そろそろヘアカラーに行かなきゃ」「髪のパサつきが気になる」という具合に、自分のマイナス面ばかりを見てはため息をついていたのですね。部屋で着替えて全身ミラーで確認する時も、「ん?ちょっとお腹が出ちゃった?どーしよー?」という具合です。

なぜこのような考えになるのでしょうか?それは私が、知らず知らずのうちに「世間で良しとされている正解」を頭の中にインプットしており、それに照らし合わせては自分に「ダメ出し」をしているからなのですね。これでは自己肯定感など上がりませんし、自分で工夫をすることすら嫌になります。

そこで私がとった考え。それは「世の中の『正解』とは、実践者の成功体験に過ぎない」というものです。その人にとっては正解でも、私にとっては「ダメ出し道具」になってしまうのですね。

ならば、ダメ出しをやめて、自分で工夫をしてみる。世間の正解に振り回されるよりも今自分ができることに集中する。

勉強も生き方も、そろそろダメ出しから脱出して、自分らしく歩みたいと思います。

(2021年9月14日)

【今週の一冊】

「うまくいっている人の考え方 完全版」ジェレミー・ミンチントン著、弓場隆訳、ディスカバー・トゥエンティワン、2013年

「ハイキャリア」サイトでも連載をお持ちの寺田真理子さん。現在は読書療法に力を注いでいらっしゃいます。先日、たまたま東急沿線の駅で東急の広報誌を手にしたところ、寺田さんが寄稿されていました。その中で勧めておられたのが今回ご紹介する一冊です。

生きていれば誰でも照る日曇る日ありますよね。私自身、うまくいく時期もあれば、今一つということもあります。ネガティブな期間になると、それこそ「運転中に信号が赤続き」というだけでも気が滅入りそうになります。でも何事も時間が解決してくれるものであり、いずれはトンネルの向こうの光が見えてくると思うのですね。

本書には生きていく上でのヒントが100個紹介されています。一貫してここに述べられているのは、「自分を大切にする」ということ。自分の考えや価値観をまずは大事にする。人に影響されないようにすることが何よりも自分を幸せにできるのだとあります。

最近私が思うのは、「人の悩みの多くが『人間関係』によるものである」ということ。もちろん、仕事の悩みもあるでしょうけれども、人の心を痛める大半が、人と人との関係性から生じていると感じるのです。

著者のミンチントン氏は、「自己中心的な人から遠ざかる」ことの大切さも述べています。「変えることのできないことに時間を浪費しない」のも必要とあります。その通りですよね。ネガティブな出来事に遭遇した際には、「どうにもならないこと」と「なんとかなること」にまずは分類すべし、ともあります。

自分がいくら頑張ってもどうにもならないのであれば、そこに注力し過ぎても自分が疲労困憊になるだけです。そのことを私自身、意識していきたいと思います。

 

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学非常勤講師。 上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。 ロンドンのBBCワールド勤務を経て現在はCNNj、CBSイブニングニュースなどで放送通訳者として活躍中。 NHK「世界へ発信!ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説を担当。 ESAC(イーザック)英語学習アドバイザー資格制度マスター・アドバイザー。 通訳学校にて後進の指導にあたるほか、大学での英語学習アドバイザー経験も豊富。 著書に「通訳の仕事 始め方・稼ぎ方」(イカロス出版、2010年:共著)、「英検分野別ターゲット英検1級英作文問題」(旺文社、2014年:共著)。

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