INTERPRETATION

第522回 人間通訳

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

2022年になりました。みなさま、明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

さて、タイトルからしていきなり「謹賀新年」かのごとく四字熟語、とは言わないまでも、「ナゼ『人間通訳』?」と思われたことでしょう。これは最近大いに躍進している「機械通訳」に対比させてみました。AI-driven interpreterではなく、生身の人間による通訳行為を指します。

年初にこの話題を持ち出した理由。それは私自身が、このAI社会を生き延びる上で(ハイ、せめて現役人生が続く限りはこの仕事に携わりたいと思っております)、どのような通訳者でありたいかを強く考えるようになっているからです。

昨年の晩秋のころ、「クリスマスケーキ予約受付中」「おせちはネットで購入」という記事やチラシを沢山目にしました。かつて私が子どもの頃はすべて「手作り」が主流だった品々です。それが今やケーキもおせちも恵方巻などなどが「買うもの」となっています。「先祖代々(というと大げさですが)受け継がれてきた各家庭の味」よりも、プロの料理人が作った品を人々は求めるようになったのですね。どのお店で買うか、どこの料亭が監修したものか、といったことが鍵を握るようになりました。

では言語業界はどうでしょうか?

昔は「プロの通訳者や翻訳者にそれ相応の金額を払ってお願いして、プロならではのパフォーマンスを享受する」というのがビジネスモデルでした。私がデビューする前は、通訳者たちもVIP待遇だったそうです。聞いた話では「飛行機もビジネスクラス以上」とのこと。今や大企業のCEOもエコノミーに搭乗する時代ですよね。

というわけで、プロ通訳者のステータスはかつてとても高く、商品としての通訳アウトプットも非常に高度なものが期待されていたのです。

ここ数年、デジタル化やAIが急速に進歩し、自動翻訳・自動通訳機もビジネス現場で抵抗なく導入されるようになっています。通販サイトのページなど、よーく読んでみると若干不自然な日本語も多いのですが、「何となくそういう時代」になったがゆえなのでしょう。「日本語のこの部分がオカシイ」などと重箱の隅をつつくようなツッコミ行為は私ぐらいなもの。「なんか不自然だけど、ま、通じるからいっか」という感じで社会に受け入れられているように思います。

たとえば先日のこと。某通販サイトで注文したグッズに小さなしおりと粗品が入っていました。文面は「(購入のお礼に)いささかなものをプレゼントさせていただきます」とあります。正解は?そう、「いささかな」ではなく、「ささやかな」です!こうした用法を正しくしておかなければ、日本語がなあなあになってしまうという危機感を私は抱いているのです。

他にも、海外の某旅行サイトから届いた先日のPRメールはいきなり書き出しが「Sanae様」となっていました。「いや、確かに下の名前はそうだけど、初っ端からSanaeと呼ばれるほど私、御社に親近感抱いてないけど・・・」という本音が出てしまいます。

「何だか不自然。でも完全に間違いではない」という日本語。以前は気になっていましたが、ここまで増えてくると、次第に私の「その場でツッコミ作業」も追いつかなくなります。そのようにして、いずれは慣れていき、違和感を覚えなくなるのでしょう。

だからこそ、通訳や翻訳の仕事においては何としてでも本来の日本語を守りたいと思うのです。その軸さえ揺らがなければ、人間通訳も生き残れると感じるのですね。

この「ささやかな」意地で今年も通訳業に励みたいと思っております。

(2022年1月4日)

【今週の一冊】

「きりえや偽本大全」高木亮著、現代書館、2021年

第516回の本コラムで「100万回死んだねこ」をご紹介しました。
https://www.hicareer.jp/inter/hiyoko/22085.html

今回の一冊はそれに通ずるユーモアたっぷりの書籍です。著者の高木氏はきりえ画家。プロフィールを読むと「叙情的風景画からパロディ作品まで」幅広く手掛けておられることが分かります。本書に掲載されているタイトルはいずれも有名作品。古典から現代にいたる名作本が並びます。

・・・と一見思えるのですが、よく目を凝らしてみると微妙に書名が違うのです。たとえば「長靴をかいだ猫」「罪と獏」「母をたずねて三千人」という具合。福井県立図書館カウンターに上がってきそうな言い間違いを思い起こさせます。でも、どれも高木氏ならではの切り口でつけたタイトルときりえなのですね。

書籍一冊ごとにきりえと解説が掲載されており、その内容もパロディです。たとえば「オリバーツイスト」は書名こそそのままですが、きりえに描かれているのはプロレス。「あらすじ」によると、救貧院を脱走したオリバーが流れ着いたのはロンドン(←ここまでは原作と同じ)。そこでオリバーを待ち受けていたのは「地下プロレスの世界」とのこと。「自分の力で道を切り拓く孤児に託した人間賛歌」(p31)という記述には笑えます。

他にも「おおきなかぶ」「3びきのこぶた」「ないた赤おに」などの名作絵本も高木氏の手にかかり生まれ変わって(?)います。パロディから原作を知ることのできるブックガイドです。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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