INTERPRETATION

第123回 学びとはトータルなもの

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

 先週のこのコラムでは、「先生との相性が学びのモチベーションにつながる」と書きました。今回はその続きです。

 以前、旅行の世界において「安近短」という言葉がよく使われました。「安くて近くて短い日程」という意味です。国内の日帰り旅行、しかもお手頃価格、というのがこれに該当します。では学びの世界はどうでしょうか?

 確かに費用を見た場合、高すぎて手が出ないとなっては通うことすらできません。自分の収入やお小遣いをやりくりしながら学び続けられる授業料がベストでしょう。

 学校の場所も、通い場所であることが好ましいですよね。かつて私は実家にいたころ、スポーツクラブ通いに挫折したことがあるのですが、それは「会社からの帰宅途中に途中下車しなければならない」というのが理由でした。「今日は疲れているから、ま、いっかなあ。このまま帰っちゃおう」となってしまったのですね。

 ではコースの長さはどうでしょうか?多額の授業料を払い、年間コースに申し込んだものの、「授業についていけない」「気持ちが冷めてしまった」「先生との相性が今一つ」などなど、途中で行かなくなる理由は意外とあります。そう考えると、長いコースよりは短めの受講期間の方が安心して通えそうです。

 こうして見てみると、旅行に限らず学びの世界でも「安近短」というのは一つの鍵を握りそうです。

 では、その安近短「だけ」が最善なのかと言えば、必ずしもそうとは考えていません。なぜなら「学びとはトータルなものである」ととらえているからです。最近の私の習い事を例に見てみましょう。

 通訳という仕事柄、体調管理はとても大切です。病気にならない体を保ち、通訳現場ではスタミナで乗り切れる、そんな体力が求められると私は思っています。そのような理由から、ここ10年ほどはスポーツクラブに出かけることが仕事の一部になっています。

 長年通い続け、数々のスタジオレッスンに参加した結果、自分にとって相性の良いインストラクターさんたちに出会うことができました。どんなに疲れていてもその先生のレッスンに参加すると元気を頂けるというのがポイントです。

 私の場合、スタジオへ行くには自宅から1時間弱かかります。近場にも運動できる場所がありますので、安近短の「近」だけを求めるならば、そちらに通う方が得策でしょう。けれども遠くのスタジオまで通うのも私にとっては学びの一部となっているのです。

 たとえば道中の景色を楽しむのもそうですし、しばらく聞いていなかった音楽を聴きながら車を走らせることもできます。また、そのスタジオの近くには雰囲気の良いカフェや書店などがありますので、出かけたついでにそちらで休憩したり、気になる本をチェックしたりすることも可能です。ただ単に運動「だけ」をしに出向くのではなく、他のことも楽しめれば、その日一日がとても充実したものになります。

 カフェのスタッフさんににこやかに応対していただき、おいしいコーヒーを堪能する。欲しかった本を入手する。買おうと思っていた服も購入する。

 そうしたことすべてが「ああ、今日もここまで運動しに出かけてきて良かった」と思わせてくれます。効率だけでなく、様々なことを味わい、次への糧にしていきたいと思っています。

(2013年7月8日)

【今週の一冊】

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「チルチンびと」2013年夏 76号

風土社、2013年

 今回ご紹介するのは「チルチンびと」という季刊誌。私はこの雑誌のことを全く知らなかったのだが、たまたま日経新聞の1面下にある広告で出会うことができた。特集に「安西水丸さんとめぐる鳥取民芸の旅」と出ていたからである。

 結婚を機に、主人の故郷・鳥取には定期的に出かけるようになった。それまで山陰地方には漠然としたイメージしかなかったのだが、実際に訪れてみると実に魅力的なところだ。海の幸・山の幸があり、子育てするにも色々な設備が整っている。住宅事情も良いし、都会のように慌ただしくない。私にとって年に1度の帰省は楽しみだ。

 「民芸」というと駒場にある博物館や栁宗悦のことを思い浮かべるかもしれない。しかし、鳥取にもすばらしい民芸がある。安西さんはイラストやエッセイで有名だが、実は鳥取民芸をこよなく愛しており、今回の特集でもその魅力をあますところなく紹介している。

 「鳥取民芸」という見出しに惹かれての本誌購入だったが、古民家やアンティークなど、眺めているだけで心が和むような話題が他にも満載だ。小さな新聞広告を機に新しい雑誌に出会えて幸せに思う。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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