INTERPRETATION

第539回 学ぶ幸せ

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

先日、とある英語関連のセミナーを聴講しました。最後の質疑応答コーナーでたくさん出てきた質問が興味深かったですね。やはり多かったのが「効果的な学習法」に関して。英語力がなかなかアップできないという、参加者の切実な思いが伝わってきました。

私自身、学び方やオススメ参考書について尋ねられることがあります。個人的には「ズバリこれです!」とお答えできればとは思います。でも英語学習に関しては、本人との相性や置かれている状況などによってベストな回答はまちまちになるのですよね。

よくあるのは、某通販サイトでテキストを探し、星の数の多さを指針とすること。私も星の数やコメントは商品購入時に大いに参考にしてはいます。でも、こればかりは好みの部分が大きいのです。現に書籍以外のもの、たとえば家電や生活グッズを買った際、多数が絶賛していても私には合わなかったということが少なくありません。よって、「試行錯誤も買い物のうち」が私の持論です。

さて、通訳業に日々携わる中、英語との接し方も私なりに定着してきたようです。それは「目の前のものすべてが学びの対象である」ということ。わざわざテキストを買ったり、どこかに行って学んだり、英語学習のために時間を設けたりせず、きっかけがあればそこが「学習場」となっているのです。

たとえば先日のこと。出講している大学のキャンパス内にツツジがたくさん咲いていました。そこで頭に浮かんだのが「ツツジって英語で何?」です。こうなるともうとにかく早く辞書を引いて調べたくなります。

もちろん、手持ちのスマートフォンでサッと検索するのも良いのですが、私の場合、あえて電子辞書で。和英辞典で「ツツジ」と引くと、azaleaおよびrhododendronが出てきました。

azaleaはカタカナの「アゼリア」で何となく聞いたことがあります。一方、気になるのはrhododendronの方。ことばの響きとしてはお花とは程遠い印象。何となく動物の「サイ」のrhinoceros並みの重厚な(?)イメージです。そこで電子辞書のジャンプ機能を使い、rhododendronを英和辞典や英英辞典で調べてみました。読むとdendronはギリシャ語でtreeのことだそうです。rhod-は「バラ」。なるほど~。では、あの似たような印象のrhinocerosの語源は?rhino-は「鼻」で、cerosの部分は「角(つの)」なのだそうです。ここまでくると「おお~~~」と感激レベルになります。

このまま引き続き「サイ」について調べたくなる心を抑えて再び「ツツジ」へ。電子辞書の見出し語だけを追いかけてみると、rhododendron bug(グンバイムシ。初耳!)、rhodolite(ロードライト。宝石の一種)などが並びます。もっと下まで画面を移動すると、ギリシャのRhodos Islandまで出てきました。「ひょっとして、ロードス島ってバラと関係ある??」などと想像することしばし。このような具合で一つのきっかけからどんどん派生していくのが楽しいのですね。

こうした調べ学習をしていると、あっという間に時が過ぎ、そのさなかにいる自分自身は別世界にどっぷりつかることができます。こうして学んだことが「即・通訳現場にて役立つ」とは全く言えませんが(笑)、知識の吸収タイムが幸せをもたらしてくれることは確かです。

役に立っても立たなくても良い。ただ、学ぶ幸せを味わえればという思いで、私はこの仕事を続けています。

(2022年5月10日)

今週の一冊

「世界の最も美しい大学」ジャン・セロワ著、藤村奈緒美訳、エクスナレッジ、2016年

数々の美しい書籍を発行しているエクスナレッジ。今回ご紹介するのは大学がテーマです。「世界の~」というタイトルの本を手にすると、私などついつい「日本も取り上げられているかしら?」と思いながらページをめくってしまいます。あいにく本書は日本以外の大学でしたが、十分読みごたえがありました。

筆頭に掲載されているのは西欧最古のイタリアはボローニャ大学。フレスコ画や彫刻など、さながら博物館そのものです。一方、イギリスのオックスフォードやケンブリッジ大学は定番。かつてオックスフォード大学日本事務所に勤めていた頃、研修で過ごしたマートン・カレッジも出ており、懐かしく思いました。

個人的に印象深かったのは、ポーランドの大学が掲載されていたこと。ヤギェウォ大学は天文学者コペルニクスやローマ教皇ヨハネ・パウロ2世の母校です。ほかにもカタールやレバノンなどの中東にある大学も本書には取り上げられています。

こうした写真を見るにつけ、思うのがウクライナにある数々の大学。調べたところ、ウクライナには180を超える大学があるそうです。一日も早く平和が訪れることを願わずにはいられません。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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