INTERPRETATION

第594回 タイミング、大事

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

先日読んだ記事に興味深いことが書かれていました。人は一日あたり1.2万回から6万回の思考をおこなっているのだそうです。しかもそのうちの8割がネガティブな内容で、9割以上が前の日に考えた内容と同じことの繰り返しなのだとか。

一方、物事を選択している数については、1日あたり3万5千回だそう。ポジティブな思考や選択なら幸せにつながりますが、マイナスなものなら減らすに越したことはありません。いっそのこと、その「ネガティブ思考・選択回数」を歩数計に転換できたらなあ、と1日1万歩を目指す私は想像してしまいました。

さて、今回は「思考」から派生して、最近の私の体験談を。キーワードは「タイミング」です。

私は最近、イギリスのスコーンに凝っており、ティールームめぐりをしています。先日訪れたのは、とある地方都市にある個人経営のお店。たまたま用事でその地域を訪れたため、立ち寄ったのでした。

スコーンセットを注文し、食べていたときのこと。店主さんがお水のお代わりを注ぎに来ました。お礼を言いながら私は、

「昔イギリスに暮らしていてスコーンが好物なんです。それでこのお店を見つけたんですよ」

と伝えました。するとその気さくな店主さんの反応が、

「出たあぁぁ~!!」

でした。

思わず私はびっくり。店主さんも私の発言に驚かれたからこその「出たあ!」だったと思うのですが、私の方は「え?お店のスタッフさんの発言で、これってアリ??」だったのですね。

伺うと、そのお店には私同様、「昔イギリスに暮らしていた」「留学していた」という方が多く来店されるのだとか。懐かしき味を求めてやってくる人が多いのだそうです。それで私のケースも同様、ということで「出たあ」発言になったのでした。

とてもフレンドリーな店主さんだったので、このようなリアクションもアリかなと思った反面、どうしても「言語変換・言語こだわり従事者」の私からすると、「いや、でも、店主VS顧客間の会話としてはどうかな」とツッコミを内心入れていたのでした。しかも会話が少々長引いてしまい、「そろそろスコーンにジャムを塗らないとパサパサになりそう」と思いつつのおしゃべりとなったのです。

そういえば随分前に地元のカレー店に行ったときのこと。あまり日本語が通じない外国籍スタッフさんだったので、英語でオーダーしました。すると、英語会話がよほど嬉しかったのか、そのスタッフさんはテーブル横にずーっと張り付いて英語談義の延長戦へ。フレンドリーさは嬉しかったのですが、落ち着いてカレーとナンを堪能したいなあとやきもきしたのでした。

以上、飲食店での2事例。こちらからすると、いずれもお店のスタッフさんの方で「会話が長引くなる前にスッと引くタイミング」を見せてくださると嬉しいですよね。もっとも私の場合、過去の教訓(?)でハガネの心臓になりました。件のティールームにおいては、タイミングを見計らって、

「ありがとうございます。じっくりスイーツを味わわせていただきますね!!」(笑顔)

と述べてスコーンに戻ったのでした!

タイミング、大事ですよね。あ、でもこれは通訳者の「間(ま)をとるタイミング」にもつながるかも。

(2023年7月18日)

【今週の一冊】

「誰でもできる!アサーティブ・トレーニングガイドブック―みんなが笑顔になるために」海原純子著、金剛出版、2019年

日本にいるとどうしても「聞き上手」や「控えめさ」が求められる雰囲気を感じます。でも、それも良し悪し。行き過ぎればストレスがたまります。あまりにも自分の意見を抑圧しすぎてしまえば、どこかにはけ口を見出したくなります。それで急に爆発したり、SNSなどで不本意な発言をしたりしてしまうとなれば害悪です。

今回ご紹介するのは「アサーティブ」をテーマにした一冊。自分のイイタイコトをいかにきちんと伝えるかのヒントが満載です。著者の海原純子先生は心療内科であり、読売新聞「人生相談」の回答者、そしてジャズシンガーでもあられます。先生の綴る文章は温かみがあり、私たち読者に勇気を与えてくれます。

中でも印象的だったのが、「断り方」について。「誘い主を傷つけたくない・自分が嫌われたくない」という思いから、本心でもないのに「また誘ってください」などとつい言ってしまいますよね。「自分ではうまく断ったつもりでもすぐに嘘がばれて信用されなくなります」(p36)と先生は警鐘を鳴らします。大事なのは「自分の考えや思いをきちんと表現すると同時に相手や周りの人の考えや生き方を受け入れること」(p138)なのです。

「英語の学習と同じように毎日の生活の中で(アサーティブの)トレーニングを続けてください」(p139)との著者のエールに励まされます。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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