INTERPRETATION

第621回 「大きいことは良いことだ」ってホント?

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

学生時代にハワイ旅行をしたときのこと。日系スーパーに買い出しに行った際、現地のサイズに圧倒されました。たとえばお豆腐。日本では手のひらにのる一丁サイズですが、私が見たのはその倍ほどでずっしりとした重さです。ちなみにお豆腐の「一丁」は重さの単位ではなく、数え方の単位。さらにビックリしたのはオレンジジュース。どう見ても灯油ポリタンクでした。

その後、仕事でアメリカ本土へ行った際、「一番お手頃価格のデザートなら量も少ないはず」と注文するも、やはり巨大!現地スタッフに「値段とサイズは無関係」と言われました。その方いわく、アメリカではとにかく「大きいことは良いことだ」というマインドがあるとのこと。確かに現地滞在中、largest / biggest / strongestといった英文法「最上級」をよく耳にしたものでした。

一方、日本はと言えば、何事もコンパクトサイズ。米粒アートとかミニチュアの折り鶴とか、手先の器用さで小さなものを作り上げますよね。二畳の茶室や約60センチ四方の躙り口(にじりぐち)、あるいは奈良の大仏様の「柱くぐり」の穴など、「小ささ」が意味を有します。確かに地方には豪農の古民家もありますが、「小さきもの」へのこだわりは日本文化ならではと感じます。

さて、ここで「英語学習」の話題を少々。「日本人の英語の弱点は何ですか?」とよく尋ねられます。確かに単語力、英文法、構文力、など色々ありますよね。バブル期の英語学校は「講師は全員英米人」が売り物でしたし、「ネイティブっぽく話すこと=英語ができる」という風潮でした。ようやく最近の日本では英語話者の国籍が多様化しており、お国訛りの英語を耳にするようになりましたが、それでも発音神話はまだ残っているという印象です。

しかし、ネイティブの方に聞いてみると、日本人の英語ウィークポイントは「声が小さいこと」なのだそうです。喉だけで話そうとしてお腹に力が入っていないというのもあるのでしょう。よく聞こえないのですね。聞こえないから発言を聞き返してしまう。すると日本人側は「あれ?この文法では間違ってた?」となり、より怖気づいてさらに小声になってしまう、という悪循環に陥るのです。よって、大きい声でハキハキと話すことがコミュニケーションでは大事になります。

私も「声のボリューム論」には同感です。とりわけここ数年はマスク社会でしたので、いつもより2割増しで話してもらえると助かります。相手と意思疎通を図るのであれば、音量まで配慮することも大切だからです。

けれども、先日、この考えを覆す出来事に遭遇しました。とあるクラシックコンサートでのことです。

その日の演目は私の大好きな作品。CDで何度も聴いており、敬愛しているマエストロの故マリス・ヤンソンス氏のコンサートでも聴いていました。よって、私の頭の中では全体のメロディの流れや強弱が出来上がっていたのです。もちろん、その日の演奏も素晴らしいものでしたが、ピアニッシモの箇所などは「限りなく小さい音」を私は求めていたのです。フォルテのダイナミックさが素晴らしかった分、濃淡を私は欲していたのですね。

そこでふと思ったのです。大きい音を出せるのは素晴らしい。でも、それ以上に小さい音を出せることも大事なのだ、と。アメリカの著述家スーザン・ケイン氏は、「静かな内向的な人こそ、実は世界を変えうるパワーを持っている」と説いています。つまり、大きさや「最上級」だけがすべてではない、と私はこのとき思ったのです。

私自身、通訳や授業時に「張りのある声」ばかり目指して首肩のコリに見舞われるタイプ。「静かさ」にも意識を向けようと考えを改めています。

(2024年2月13日)

【今週の一冊】

「Let’s Do アンミカ!アンミカのポジティブ相談室」アンミカ著、講談社、2023年

私が初めてアンミカさんを知ったのは、今から数年前のこと。CNNで放送通訳をしていた際、番組の合間に大阪観光の海外向け広報ビデオが流れており、そこに登場していたのがアンミカさんでした。当時はまだお名前も存じ上げず(何しろ私はバラエティ番組に疎い!)、でも、満面の笑顔でOsakaをPRしていたのが印象的だったのですね。

そして数週間前、落語家・春風亭昇太さんが担当するラジオ番組にゲストで出ていたのがアンミカさん。そのとき初めて彼女のトークを聴いたのですが、軽妙な語り口で聞き手が元気になることをたくさん語っておられました。あの笑顔の元にあるのは、彼女の前向きな思考なのですよね。それが本書購入へとつながりました。

今回ご紹介する一冊は、アンミカさんによる人生案内。読者の相談内容にアンミカさんならではの回答が寄せられています。相談テーマは恋愛、仕事、子育て、夫婦関係など多種多様。これを読むと、誰もが心の中に迷いを抱えて生きていることがわかります。アンミカさんはそのような方々に真摯に寄り添いながら、前を向いて歩めるような回答を述べておられます。

中でも印象的だったのが、親子問題に苦しむ相談者へのメッセージ。「人間は『ワクワクと幸せ』を感じて生きる権利を持っていて、たとえ親でもそれを邪魔する権利はない」(p151)、「(親だからといって)あなたの幸せを犠牲にする必要はない」(p168)と書かれています。

本書冒頭にはアンミカさんのカラフルなファッションもあり、QRコードで「アンミカーニバル」の動画へもアクセスできます。元気が欲しい方にお勧めしたい一冊です。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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