INTERPRETATION

第183回 先生との相性

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

 「通訳者になるには通学と独学、どちらが良いですか?」

 講演の質疑応答でこのような質問を受けることがあります。通訳者をめざす人の多くは社会人です。本当は学校に通いたい、でも忙しくて定期的に通学するのは難しいというのが悩みどころなのですね。

 私は大学生のころ、授業で通訳の講座をとり、卒業後も民間の養成所に通いました。終業後に週2回通学することは決して楽ではありませんでした。けれども通訳者になりたいという思いが強かったため、何とかついていこうという気持ちは持っていました。ただ私の場合、進級して先生が厳しくなると怖さ(?)のあまりにひっそりとドロップアウトしています。「先生との相性」が私の学習モチベーションにおいては大きな要素となっており、それは今も変わりません。

 これまでの人生を振り返ってみると実に多様な先生方の指導を受けてきました。小学校から高校にかけては、「大好きな担任の先生」と「うーん、早くクラス替えになってほしい」と思った年が交互にやってきたように思います。中には厳しい先生もいらっしゃいましたが、信念ゆえの厳しさでしたのでその時のクラスは団結していました。そうしたクラスではいじめなども少なかったのです。特にイギリスの小学校に転入した当初はアジア人も少なかったため、私は周囲に溶け込めませんでした。そのような時も担任がしっかりと指導をして下さったおかげで私は次第にのびのびと通学できるようになったのでした。

 今、私は指導する側に立っていますが、「教わる側でいること」も意識するようにしています。スポーツクラブのスタジオレッスンに出るのもそうですし、セミナーを受講し、先生方から指導を受けるのも同様です。学ぶ者がどのような気持ちになるかをできる限り体感することで、私自身の指導力向上につなげられればと願っています。

 さて、以前英語学習のカウンセリングをしていたときのこと。ある相談者が次のように述べていました。「某スクールで英語を学んでいるものの、先生が今一つである。勉強する気もなかなか起きない。でも学期の途中なのでどうしたらよいか」というものです。せっかく意を決して通学し始めたものの、先生との相性が合わないので勉強意欲もわかない、というものでした。

 こうした悩みを抱える方は少なくないと思います。高い授業料を払ったため、辞めるのはもったいない。でもモチベーションが維持できないのですね。

 そのような場合、まずはクラス変更の有無を学校に尋ねることが第一段階だと思います。「相性が合わない」というのは誰かが悪いのではありません。人間同士ですので馬が合う・合わないは誰にでも起こりうるのです。社会人の学びにおける最大のメリットは「自分で決断できること」であるはずです。「自分が我慢すれば」などと思わず、改善に向けてアクションを取ることが大切だと私は思います。クラス変更ができなければ返金ができるか聞いてみるなど、受講者ができることはあるはずです。

 信頼でき尊敬できる先生を見つけるというのは、自分にとっての愛読書を探し求めることに似ているかもしれません。本はたくさん揃えたからといって一生モノの本にすぐ巡り合えるわけではありません。私もこれまでずいぶん書籍を買ってきましたが、ずっと保管しておきたいと思える本は数冊に過ぎないのです。それぐらいめぐりあわせというのはなかなかないのでしょうね。先生との相性もそれと同様だと思うのです。

 けれどもあきらめずに探し求めていれば、きっといつか尊敬できる師に出会えるはずです。自分より年上でも年下でも、敬いたくなるような人は必ずいます。そうした憧れの先生が見つかり、その先生に忠実に学び続けられるのは幸せなことです。そうした貴重な出会いを大切にしながら、私自身学び続けたいと思っています。

(2014年10月13日)

【今週の一冊】

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「人生を変える『習慣』の力」

齋藤孝著、成美堂文庫、2014年

 最近はコンビニでも書籍が売られており、その品ぞろえを眺めるのは私にとって楽しみとなっている。大型書店で本を探す場合、まずは文庫コーナーに行くことになるのだが、何階もある書店の場合、文庫フロアは大抵地上階以外の場所だ。エスカレーターや階段を上って目的階まで行き、たくさんある出版社の中からお目当ての文庫を選ぶのはなかなか大変だ。その点、陸続きですぐに選べるコンビニはとても便利である。

 今回ご紹介する明治大学・齋藤孝先生の新刊もコンビニで見つけたもの。帯には「文庫書き下ろし」とある。本書には齋藤先生が日ごろの生活の中で実践なさっている時間術や手帳の活用法など、様々なヒントがぎっしり詰まった一冊だ。カバーには「すべての習慣化の法則を実行する必要はありません」と先生のメッセージがあり、あくまでも自分が導入しやすいものを取り入れることを勧めている。

 時間管理に関する本はすでに色々な方が出しているが、本書の中で印象的だったのは、論文の採点方法である。これは論文に限らず、学生のエッセイや仕事の書類をチェックする際にも使えるであろう。齋藤先生は論文1点当たりに10分を採点に費やすと決め、最初の3分で全体を見渡し、要点を整理するそうだ。そして「絶対に直さないといけない大事な部分」を見出し、優先順位を3つに絞り、最重要箇所から直していくという。

 「3つに絞りこむ」というのは、他にも応用できそうだ。たとえば1分間スピーチでもエッセイでも、自分のイイタイコトを3つに絞ればすっきりとしたものが出来上がる。私自身、日ごろの生活で何かを選ぶ際には選択肢が少ない方が迷わないと感じている。個人的には大量のチョイスを提示されるよりも、3つぐらいの中から選べればと思う。 

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学・順天堂大学非常勤講師。 上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。 ロンドンのBBCワールド勤務を経て現在はCNNj、CBSイブニングニュースなどで放送通訳者として活躍中。 NHK「世界へ発信!ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説を担当。 ESAC(イーザック)英語学習アドバイザー資格制度マスター・アドバイザー。 通訳学校にて後進の指導にあたるほか、大学での英語学習アドバイザー経験も豊富。 著書に「通訳の仕事 始め方・稼ぎ方」(イカロス出版、2010年:共著)、「英検分野別ターゲット英検1級英作文問題」(旺文社、2014年:共著)。

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