INTERPRETATION

第266回 ボランティアのむずかしさ

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

先日のこと。家族でとある美術館へ出かけました。そこは体験型ミュージアムで、展示品を実際に手に取り、動かしたり触ったりできるのが特徴です。以前から評判を聞いていましたので、ぜひにと思い、訪問したのでした。

建物を有効活用したその美術館には展示物がたくさんあり、説明文も詳しく書かれていました。年齢を問わず楽しめる内容です。あれだけの品を集めるのも大変だったことでしょう。民営のミュージアムですので、限られた予算の中、あそこまでのレベルを維持しているのも、おそらく運営者側の熱意とそれをサポートする方々のおかげだと想像しました。

展示品の中には海外から取り寄せたものもあり、操作が一見難しいものもありました。家族と「これってどうやって使うのかな?こうかな?それともこんな感じ?」と会話をしつつ、普段はなかなか話す時間のない家族同士、楽しくおしゃべりをしながら触っていました。

そのときのこと。ボランティアの方が近づいてきてくださり、操作方法を教えて下さいました。「なるほど、こうすれば良いのね」と納得したのですが、その後の流れに少々違和感を覚えたのです。

それは次の理由からでした。

館内を見渡すと、来館者よりボランティアの数の方が圧倒的に多かったのです。そしてどの来館者にもボランティアが近くに寄り、ずっと相手をしていたのでした。我が家も同様で、「そろそろ家族だけにしてほしいな、ちょっと放っておいてほしいな」と思い始めたときも、マンツーマン状態で私たちが行く場所に付いて来られたのです。

我が家としては珍しい展示品を見て、「どういう用途の物なのだろう?」と想像しながら会話することもコミュニケーションだと思っていたのですね。よって、できればそのような時はそっと見守っていただきたかったのが正直なところです。しかしこの美術館のボランティアの方達は逐一こちらの会話の中に入り、「これはこうして使います」「ちょっと実践してみましょう」という具合だったのです。正直なところ、too muchという思いが頭の中をよぎったのでした。

他の展示室に行き、一息ついたときも、部屋の向こう側からこちらを伺っておられる様子がわかりました。ボランティアの方々に悪気があるわけではないのは重々承知しています。いえ、むしろ「来館者のお役に立ちたい」という、とても熱い思いがどのボランティアさんにもあったのだと思います。「お助けすることが自分たちの使命である。だからこそその機会を伺い、逃してはいけない」という善意の気持ちがあったのだと思います。

「ボランティア」というのはある意味で非常に難しいと私は今回の体験を通じて感じました。と言いますのも、「善意」というのは行き過ぎてしまうと「押し付け」になってしまい、受け手側にとってありがた迷惑になるからです。来館者を監視するのではなく、少し離れたところからそっと見守り、助けを必要としているときにはすぐに応じられる。そんな距離感とタイミングが大切であると私は思っています。

2020年の東京五輪が決まってから「ボランティア通訳」ということばが頻繁に聞かれるようになりました。スポーツ関連の通訳やおもてなし系の通訳など、そのニーズは多岐にわたります。開催まであと4年。今から語学力を高めておくことは大事でしょう。けれどもそれと同時に求められるのは、ボランティアがどういうスタンスで業務に臨み、本当にお客様に喜んでいただくためにすべきことを今一度考えることだと思います。

せっかく「おもてなし」ということばが世界から注目されているのです。日本が得意とする控えめさと勤勉さ、まじめさなどが発揮される「おもてなし」であってほしいと願っています。

(2016年7月4日)

【今週の一冊】

“D is for DAHL: A gloriumptious A-Z guide to the world of Roald Dahl” Roald Dahl著, Wendy Cooling編纂, Puffin Books, 2007年

ロアルド・ダールと言えば、言わずと知れたイギリスの児童文学者。「チョコレート工場の秘密」や「マチルダは小さな大天才」など、数々の名作を生み出しています。本家イギリスはもちろん、日本をはじめ世界中のファンを魅了している作者です。ダールの作品に大きく貢献しているのが挿絵画家のQuentin Blake。一目見るだけでブレイク氏の絵とわかる温かみある描写も私は大好きです。

今回ご紹介するのは、ダール・ファンにとって必携の一冊とも言えるでしょう。私はまだダール作品を制覇したわけではないのですが、「チョコレート工場の秘密」は数年前の映画版で楽しみましたし、マチルダは以前指導していた学校の副読本で読んだことがありました。本書にはダール作品に関連のある言葉をアルファベット順に記しており、イラストも豊富。どこから読んでも楽しめる内容です。

各キーワードにはその言葉にまつわるエピソードや詳しい説明が出ています。たとえばMatildaを引いてみると、草稿の段階でダールが主人公をJimmyという男の子に設定していたと書かれています。構想から20年を経てようやく出版されたのだそうです。

いくつか興味深いエントリーがあったのですが、中でも私の目を引いたのがYellow pencilsです。ダールはいつも鉛筆で執筆し、しかもDixon Ticonderogaというものを使っていました。これは鉛筆の本体が黄色で、上端に消しゴムが付いています。執筆前にダールは6本を削って原稿を書きました。再度削り直すまで2時間は持ったそうです。

巻末には参考文献が出ており、外国で翻訳された本の表紙の一部も写真入りで紹介されています。ダールが大好きな方も、これからじっくりダールの作品を読みたいという方も味わえる一冊です。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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