INTERPRETATION

第267回 学びにおけるプライオリティ

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

あっという間に1年も半分が過ぎましたね。この夏休み、何か新しいことを学びたいと考えていらっしゃる方も多いことでしょう。私も今年は新しい言語に挑戦しようと思い、とある夏期講習に申し込んだところです。英語の仕事をしていると、他言語との接点に関心が出てきます。新たな言語を通じて「ことば」そのものへの理解を深められればと思っています。

さて、「学び」において何を優先するかは人それぞれですよね。「家から近い」「授業料がお手頃」「レッスン時間が自分に合っている」など、プライオリティもまちまちです。私にとっての最優先項目は何といっても「先生が楽しそうに教えていること」です。なぜそう思うようになったかを今回は見てみましょう。

まず、指導者が自分の指導内容を心から楽しんでいると、その熱意は教室において発揮されます。つまり、「自分が楽しい」「私はこの分野が大好き」という思いが指導者の声や態度に反映されるのです。その情熱は人々に伝播しますので、学ぶ側も「へえ、今まで興味はなかったけれど、そんなに面白いのか」と思えてきます。すると、学習者も熱心に授業内容に耳を傾け、そんな教室の雰囲気は先生をさらにやる気にさせるという好循環が生まれるのです。

教師が指導内容や使用テキストを楽しんでいると、受講生もそれを楽しめるようになります。教室内の良き雰囲気が受講生同士の緊張感をほぐし、学ぶ側の横のつながりもできてくるでしょう。連続の講座であれば次週が楽しみになりますし、授業内での他の受講生の言動や学ぶ姿勢からこちらもやる気を得ることができます。

こういう側面から「学び」を考えると、教室の近さや費用の安さ、時間帯などはさほど気にならなくなると私は思うのです。むしろ、「スケジュール的にはきついし、授業料も決して安くはない。しかも家から遠い。でも頑張ってやりくりして来て良かった!」ととらえられれば、それは大きな自己達成感となります。そして頑張った自分を励みに思い、さらに次への学習モチベーションにもなるのです。

では、この逆はどうでしょう?「教室が近くて費用も安い。授業時間もバッチリ。でも授業がつまらない」となった場合、上記とは正反対の現象が出て来るかもしれません。すなわち、先生の話に興味が持てず、教材もイマイチ、他の受講生もバクスイで横のつながりもできず、という具合です。そうなってしまうと、授業に出ること自体が苦痛になってしまいます。

こうした事態を避けるためには、いくつか「対策」があります。一例としてはいきなり長期間の講座を申し込むのでなく、まずは体験レッスンや単発講座を受講してみることが挙げられます。体験授業はたいていの場合無料ですので、学校の雰囲気や授業の流れなどを知ることができます。単発講座も長期間のレッスンに比べればお手頃価格ですので、たとえ失敗したと思っても被害は最小限に食い止められるでしょう。

体験授業を受けた際、「ぜひその先生のレッスンを取りたい」と思ったならば、スタッフやその先生にいつ指導をしているのか直接尋ねても構わないと思います。「この先生についていきたい!」という出会いは大切だからです。長期講座を取ることが難しければ、その先生が他の場所で単発講座などをしているか調べるのも一案です。

一方、こうしたプロセスを経ることができずに申し込み、自分の求めているものと違っていた、という場合はどうすべきでしょうか?私自身は「がまんしてでも受ける価値があるか」と自問自答します。もし答えがイエスであれば、せっかく払った授業料ですので、その元を取り返すべく最大限こちらも努力します。けれども、もし時間的・物理的な貢献をするよりも自宅で同分野の本を読んだ方が生産的と思えるならば、支払い済みの授業料は潔く諦めます。時間がもったいないからです。

与えられた時間は誰にとっても平等です。だからこそ、自分の基準でプライオリティを付けて良いと私は思っています。

(2016年7月11日)

【今週の一冊】

“How to Study” Ron Fry著, Course Technology PTR, 2011年

最近は書店のビジネスコーナーへ行くと自己啓発関連の本が充実していますよね。プレゼンの仕方や時間管理術、企画書の書き方などトピックも多岐にわたります。私自身、仕事の仕方でもっと効率が必要だと思った際には、そうしたコーナーに置かれている本からアイデアをたくさんもらっています。

今回ご紹介する一冊は、アメリカの学生向けに書かれたものです。書名からわかる通り学習法に関する内容で、著者のRon Fry氏は本書のほかに記憶術や時間管理などの本を記しています。それらはシリーズ化されており、いずれも”How to”というタイトルです。

日本のハウツー本と比べると、英語の書籍はどうしても図解説明が少なくなってしまうのですが、本書は平易な英文で書かれており、読みやすくなっています。高校生や大学生だけでなく、一般社会人でも応用できる内容です。

中でも私にとって印象的だったのは、勉強や仕事の各タスクにどれぐらいかかるのか、あらかじめ見込み時間を設定するという一節でした。たとえば「数学の問題集を解く」という項目の場合、かつての私であれば、それを手帳の「やることリスト」に書き、優先順位を付けた上で取り組んでいたのです。しかし、フライ氏によれば、そのタスクに90分かかると見込んだら、手帳にも「90」と書き込むべしとしています。そして取り組み終了後に実際にかかった時間を記載することが大事だと述べていました。

以来、私も単にタスクに優先順位をつけるだけではなく、手帳の時間欄に終了時間を書き込んで取り組むようにしています。こうすることで、作業の終わり時間がわかるようになり、取り組んでいる際にも何に集中すべきかがわかるようになりました。

他にも授業の受け方やリサーチ方法など、学びに携わる方にとってはヒント満載の一冊です。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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