INTERPRETATION

第284回 先生の偉大さ

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

私は手紙を書くことが好きです。メール全盛期になっても旅先では葉書を買います。文具店へ行けばおしゃれな便箋セットに目がありません。私の机の引き出しを開けると、これまで買いためたカードや便箋、記念切手などが所狭しと収納されています。

幼いころから手紙で近況報告をしてきたことが幸いし、今でも懐かしの先生方とお手紙のやりとりをしています。暑中見舞いや年賀状から先生方のお元気な様子をうかがうことができると、とても嬉しく思います。

長年そうした手紙の往復をしていると、お互いの文体にも変化が表れます。たとえば小学校時代にお世話になった先生の場合、その直後は「児童」と「先生」の関係です。私の文章も当時は拙く、先生からのお返事も「教員らしい」文章でした。

しかし、児童生徒であった私が大人になったころから、先生方の文は敬語に満ちたものとなってきたのです。私を一人の人間として見て下さり、それを文言で表してくださっていることがわかります。私からすれば先生はあくまでも一生私にとっては先生なのですが、こうして尊重して下さることを本当にありがたく思います。

手紙と言えば、先日、次のようなことを経験しました。とある講演を聞きにいったときのこと。その先生がお話なさったことに大変感銘を受け、お手紙を差し上げたのです。一人の聴衆としてお送りしたわけですのでお返事はまったく期待せず、むしろこちらの感想を読んでいただけるだけでも幸せと思っていました。

ところが投函して数日後にご丁寧なお返事を頂戴したのです。多忙な方でおられるにも関わらず、わざわざ時間を割いてお手紙を書いて下さったことに心からありがたく感じました。

もう一つは、高校時代に教えていただいた先生からのお葉書です。数週間前、私はとある高校の資料館を訪れる機会があり、そこに展示してあった記念誌を手に取りました。後ろの方に歴代教員名簿があり、何気なく眺めていると、高校時代にお世話になった先生のお名前があったのです。同姓同名の方はおそらく日本にはいらっしゃらないくらい、先生のお名前は非常に珍しいものです。先生はすでに定年退職なさっていたため、とりあえず母校気付でお手紙をお送りしたのでした。

少しすると先生からは毛筆で書かれたお返事が届きました。一卒業生のためにわざわざ美しい筆跡でお手紙を下さったのです。文面を拝見すると、先生は大学を卒業した直後、その高校で教鞭をとられていたそうです。

「先生」というのは何も直に教わっている間だけにとどまりません。こうして何年も何年も経った後、その先生の偉大さに気づかされることもあるのです。私も一人の教員として、どのように次世代と歩み続けるか考え続けたいと思っています。

(2016年11月21日)

【今週の一冊】

「橋の形を読み解く」 エドワード・デニソン、イアン・スチュアート著、ガイアブックス、2012年

BBCワールドで放送通訳をしていたときのこと。ナローボートを貸し切り、イギリスの運河を家族で旅しました。イギリスは産業革命を機に貨物輸送用として運河とナローボートが発達しています。鉄道網が全国的に張り巡らされていることは有名ですが、イギリスの運河もずいぶん広範囲に広がっているのです。

私たちが運航したのはウェールズの北東にあるランゴレン運河でした。緑豊かな中、ゆっくりと進むナローボートで私たちはくつろぎました。食事は運河沿いのパブへ。そして夜はボートを係留させて小さな船内で体を休めます。日頃はなかなか味わえない「ゆっくりとした時の流れ」に身を任せることができました。

そのランゴレン運河にある有名な橋が「ポントカサステ水路橋」です。長さは300メートル強、そして高さは地面から何と40メートル近くもあります。穏やかに進むボートから眺める光景は実に美しいものでした。と同時に、高所恐怖症の私にとってはなかなかchallengingでもありましたね。懐かしい思い出です。

今回ご紹介する本のキーワードは「橋」。橋と言っても実に多様です。構造や用途も異なり、素材もさまざまです。本書は橋の歴史や建築学的なポイントが詳しく書かれており、カラー写真と豊富なイラストで分かりやすい一冊となっています。ページをめくるたびに、橋の奥深さ、美しさが視界に入ります。

ちなみにエッフェル塔で有名なギュスターヴ・エッフェルは橋も設計していました。山口県の錦帯橋は大洪水に耐えるためのデザインだそうです。一方、徳島県・祖谷渓谷の橋は「かずら橋」として有名です。こちらは有機材料の葛類で作られています。

鉄やコンクリートだけでなく、植物やレンガなど、橋の世界は実に奥深いものです。本書を機にこれからは「橋ウォッチング」が楽しめそうです。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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