INTERPRETATION

第285回 好奇心

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

先日、日帰りで大阪へ出張してきました。その前後に仕事があったため、朝一番の新幹線での強行軍です。

最近は放送通訳と指導の仕事が多いため、業務拠点は関東がほとんど。ですので、新幹線に乗れるというだけで心の中はワクワク感でいっぱいでした。手元の東海道新幹線ポケット時刻表(相変わらず紙版が大好きです)をパラパラとめくりつつ、どの電車に乗ろうかなあ、途中駅にはどのような場所があるのかしらと、出張のずいぶん前から空想して楽しんでいました。

出張当日は祝日。東京駅までの早朝電車はガラ空きでした。しめしめ、きっと新幹線も空いているのではと期待大で東京駅へ降り立つと・・・ものすごい人出。そう、祝日だからこそ世間は行楽地へ向かうのですよね。

行きの道中は仕事準備のため、車窓からの風景はほとんど見られませんでした。品川、新横浜で指定席もほぼ満席です。乗客の大半は京都で下車していきました。京都は紅葉シーズンなのです。

無事新大阪に着き、駅構内の観光案内所でマップをもらおうと思いました。ところが近くに案内所らしきものは見当たりません。集合時間も迫っていましたので、とりあえず地下鉄の路線図だけ手に入れ、そのまま現地へ向かいました。旅先で私は必ず案内所に立ち寄り、市内マップをもらいます。スマートフォンなしの私ですので、今回は地下鉄マップと方向感覚だけを頼りに動き始めました。それでも何とかなったのが今回の出張でした。

大阪はずいぶん前に訪ねたきりですので、土地勘はほとんどありません。その分、目の前の光景は何もかもが新鮮に映りました。地下鉄の車内アナウンスに広告が流れたり(関東の場合はバスアナウンスのみです)、アナウンスの音声ボリュームが小さいことに気づいたりと自分なりに色々と発見がありました。ちなみにアナウンスの速さは関東よりわずかだけ速いように感じましたね。

ちなみに先週のこのコラムで橋の本をご紹介しましたが、あの本を読んでいたおかげで車窓から見える橋も楽しく眺められました。現地での仕事を終えてからはイチョウ並木を見ながら歩き、片道6車線の車道に驚いたり、建物の高さがほぼ均一であることに注目したりと、何を見ても楽しいひとときでした。

物事をエンジョイできるか否かは、今、目の前のことを好奇心でとらえられるかです。通訳の仕事を始めて以来、「何事も面白がること」が感覚的にしみついてきたようです。お金をかけなくても、大きな刺激がなくても、とりあえず「今、この瞬間」をワクワクしながら味わえるかどうか。それが日々の充実感につながると私は考えています。

(2016年11月28日)

【今週の一冊】

「バカボンのパパよりバカなパパ」 赤塚りえ子著、幻冬舎文庫、2015年

相変わらず紙新聞に紙辞書が好きな私にとって、もうひとつ「アナロググッズ」として手放せないものがあります。ラジオです。我が家は洗面台と台所に小型ラジオを供えています。それまでは電源コードにさし込むタイプの大きいラジオだけでした。しかし東日本大震災を機に「電池で動くラジオ」をそろえたのです。単4電池2本さえあればどこにいても聞けますし、小さいので部屋から部屋へと持ち歩くこともできます。コンパクトで軽く、大いに重宝しています。

私は朝の身支度の際、NHKラジオをつけることが多く、他のことをしながら「耳で」情報を仕入れています。先日興味深く聞いたのは「著者に聞きたい本のツボ」という、日曜日の朝に放送されたコーナーです。その日番組に出ていらしたのは漫画家・赤塚不二夫さんの長女、赤塚りえ子さんでした。

私自身、「天才バカボン」や「ひみつのアッコちゃん」などの赤塚作品はいくつか読んだことがありました。しかし、それほど詳しいわけではありません。今回、りえ子さんのインタビューが非常に面白かったのを機に、本書を入手しました。

赤塚ワールドというとギャグ満載のイメージですが、実は赤塚家も「今」を大いに楽しみながら生きていたことが本書からはわかります。りえ子さんのお母様はもともと赤塚さんのアシスタントを務めており、お父さん顔負けのギャグセンスがあったそうです。しかし両親はその後離婚してしまい、それぞれまた再婚しています。しかし、りえ子さんは二人の「ママ」がそれぞれ亡くなるまで実に仲良くしていたそうで、そのエピソードは読みごたえがありました。「典型的な家族観」からとらえれば、赤塚家のそれは波乱万丈だったかもしれません。そんな赤塚家に当時、世間は冷やかな目を向けていました。けれども赤塚家の誰もが前を向いて明るく暮らしていく様子から、読者はエネルギーを感じられるはずです。

本書を読み進めるにつれて、「小さな世界での価値観」や「人目を気にすること」がいかに人生を寂しいものにさせているかがわかります。「ちょっと最近疲れているなあ」という方、日々の生活に息切れしつつある方など、本書を読めばきっと元気が出てくるはずです。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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