INTERPRETATION

第301回 モチベーション維持のための10カ条

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

英語の指導をしていると、モチベーションに関するお悩み相談を受けることがあります。本当は勉強したいものの、今一つ気分が乗らなかったり、進捗状況が芳しくなかったりしてしまう。それで落ち込んでしまう、というのです。

私にも覚えがあります。特に通訳者デビューをめざして専門スクールで学んでいたころがそうでした。クラスメートの見事な訳に圧倒され、「それに比べて自分は・・・」と落ち込んでしまうのです。知識不足に単語力欠如、英文構築力の稚拙さなど、課題を挙げればきりがありませんでした。

それでも何とか投げ出さずに続けられたのは、ひとえに「好奇心」があったからだと思います。と同時に、自分で自分をどのようにして前向きにさせるかを試行錯誤した結果だと感じます。そこで今回はモチベーションを保つうえで私が意識している10項目をご紹介します。順不同ですが、何か一つでも参考になれば幸いです。

1 本を読む

私の場合、本を通じてたくさんのことを吸収してきました。ポイントは「一字一句読まないこと」と「つまらないと思ったらすぐに読むのを止める」ことです。読んでいるさなかに幸せを感じられないなら、それは苦行にすぎません。大事なのは自分を幸せにしてくれる文章を探し求めて多様な本を濫読する。そしてその中で一つでも心に残ることばに出会えたら良しとすることです。

2 元気が良い人に接する

日常生活の中で私は「元気が良い人」を探すようにしています。たとえばスーパーのレジに並ぶ際にも一番にこやかで挨拶の美しい人の列に敢えて並びます。そして自分の番になった時にはちょっとしたおしゃべりをしてみるのです。天気の話題や「今日は混んでいますね」などといったことでもOK。元気な方は必ずこちらの話題に応えて下さいますので、そこからエネルギーを頂いています。

3 美しいものを求める

独身の頃は国内外の旅行や出張によく出かけましたが、子育てが始まってからはもっぱら地元に留まることが多くなりました。けれども季節の移り変わりや美しい光景は身の回りにたくさんあるのですよね。朝焼けや夕焼けの美しさ、季節の木々や花々など、うっとりするような色遣いの美は探せばいくらでもあります。そうしたものを愛でる気持ちを大切にしています。

4 かわいいものを身近に置く

私の先輩でいつもかわいいグッズをお持ちの方がいます。キャラクターであれ元気の出る色であれ、「自分がかわいいと思えるもの」を身近に置いておくと、それを見るだけでエネルギーが感じられるのですね。ちなみに私が持っている「かわいい系」はキーリング。旧東ドイツの歩行者信号に描かれていたアンペルマンのデザインです。

5 他者の「手」を借りる

ヘアサロンやネイルサロンで施術してもらうと、物理的に他者の「手」で「気」を頂くことができます。「マッサージなら自分でストレッチするからいいや」と以前の私は考えていましたが、それだと不十分であることに気づいたのですね。以来、体のメンテも仕事のうちととらえ、定期的に通うようにしています。

6 自分を褒める

ついつい私たちは自分のダメな部分を拡大視してしまいますが、それではますます落ち込むばかりです。たとえ気分が乗らない日でも「今日はタオルをきちんと揃えてたたんだ」「駅の自動改札で他人に譲った」など、ちょっとしたことで構いませんので自分の「功績」をきちんと顧みて自らを褒めるように私はしています。

7 憧れの人を探す

歴史上であれ身近な方であれ、自分にとって「憧れ」の方がいると、生きていく上での指針になります。私は辛くなったとき、自分の憧れの人を思い出し、「○○さんならどうするだろう?」と考えます。そうすることで新たな見方が自分の中に生まれ、もう一歩踏み出す勇気が出てきます。

8 標語を作る

私は「今月の標語」と「毎週の標語」を手帳に書き込み、毎朝必ず見ています。標語と言っても大それたものではありません。自分が目標にしたいことや、読んだ本の中で印象的だった文章を書き写したものです。ポイントは朝一番でそれを読むこと。「よし、今日も頑張ろう!」と自分に言い聞かせながら読んでいます。

9 体を動かす

悩んだときというのは気分がどんよりしてしまいますよね。私は落ち込むと椅子に座ったままグジグジ悩み始めてしまうのがいつものパターンです。けれどもそれでは一歩も前進しません。以前聞いていたフィットネスのpodcast番組では合言葉がStand up, take a step, repeatでした。そう、とにかく立ち上がって一歩を踏み出し繰り返す。それだけなのです。

10 寝る

モチベーション維持で一番必要なのは、十分な睡眠だと私は考えます。気力が失われる理由のほとんどが疲労によるものだからです。「疲れたな」と思ったときは無理をせず、とにかく私は寝ます。年齢と共に踏ん張りがきかなくなるからこそ、睡眠を大切にするようにしています。

いかがでしたか?私自身、人間ですのでそれでもうまくいかないことはたくさんあります。だからこそ自分なりに試行錯誤しつつ、これからもモチベーション維持を大切にしていきたいと思っています。

(2017年4月3日)

【今週の一冊】

「美しき英国のパブリック・スクール」 石井理恵子著、太田出版、2016年

最近イギリスの学校について調べる機会があり、以来、私の頭の中では「イギリス、教育、カリキュラム、パブリック・スクール」などがキーワードとして存在しています。そのような時というのは面白いもので、日常生活の中でもそうしたことばに反応するようになるのですね。新聞で同テーマの記事に遭遇したり、書店でもそういった本が目に入ったりという具合です。

今回ご紹介するのはイギリスのパブリック・スクール4校を取り上げた一冊です。厳密にはイングランドにある4校とスコットランドの2校です。私がイギリスに暮らしていた1970年代と比べると、イギリスもだいぶ階級差が緩くなってきたと思いますが、まだまだパブリック・スクールに進学できるのは、一部の富裕層であることに変わりはありません。年間の授業料が日本円にして数百万円かかるのです。数年間通い続ければ、日本の私立医科大学に通学するのに相当する学費となるでしょう。

イギリスにはnoblesse obligeということばがあります。恵まれた立場にいる者には義務や責任があるという考えです。パブリック・スクールのような場所で一流の教育を受ける機会があった者は、いずれ社会に出て自らのちからを世の中のために還元せねばならないのですね。本書に描かれているEtonやHarrowからは歴代の首相を始め財界人などが多数誕生しています。パブリック・スクールを出たらオックスフォードやケンブリッジ大学などに行くのは当たり前。そこでさらに自己を磨いて社会のお役に立てるような人生を、というわけです。

本書はカラー仕立てになっており、歴史ある各校の様子がわかります。イギリスの名門校の校舎はどれも重厚で歴史的重みがあります。広大な芝生は青々と茂り、サッカーやクリケットはもちろんのこと、乗馬もできます。スポーツだけでなく音楽や芸術にも力を入れており、文武両道をめざしていることがわかります。

ハリー・ポッターにも描かれているイギリスの学校生活。本書をめくることで日本にいながらにしてイギリスの教育に触れるのも楽しいことでしょう。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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