INTERPRETATION

第6回 「いつでもどこでも」を「今ここで」に

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

「超」がつくほどの機械音痴の私にとって、デジカメやHDDプレーヤーなどはまさに「未知の箱」です。地デジになってからはたして我が家の20年選手ブラウン管テレビを使い続けられるどうかもわからず、携帯メールもいまだに同じ携帯会社を使っている夫としかやりとりができない状況。先日も出先でデジカメを忘れたことに気付くと、息子はすかさず「じゃ、お母さんのケータイで撮れば?」。でも撮った後どうすれば良いのかわからず、「代わりに肉眼でちゃんと記憶しておくから」と苦し紛れの答えをしたほどです。

今の時代は本当に便利になりました。iPodだけかと思ったら、iPhone、さらにはiPadへ。先日も仕事先で不明点が出るや、すぐに同僚がiPadで調べてくれて大いに助かったことがあります。時代はまさに「いつでもどこでも」。知りたいことがあれば、手元の端末を使うや瞬時に知ることができるのです。知的好奇心旺盛な人にとっては、夢のような時代と言えます。

でもその一方で、「いつでも」という安心感ゆえに「今じゃなくても」という雰囲気が出てきているのも事実です。たとえば海外旅行や留学。最近の若者はますます内向き志向になったとか、就職活動が心配なので留学したがらないといった報道が頻繁に見られます。「いつでも行けるから」という状況なので、それよりも目の前の大切なこと、たとえば就職活動や楽しみの方が優先されてしまうのかもしれません。

時代時代によって価値観も異なってきます。ですので、ひとつの時代の考え方をすべてに当てはめるのは妥当ではありませんし、生産的とも言えないでしょう。けれども、もし今のような状況で「いつでもできるから、ま、いっか」というのが続いてしまうと、どんどん無気力になってしまうのでは。そんな不安を私は抱いてしまうのです。

たとえば英語学習はどうでしょうか?今ならネットで「いつでもどこでも」Skypeを使った勉強ができますし、iPhoneのアプリで「いつでもどこでも」ボキャビルを試みることもできます。しかしその一方で、あまりにも大量の情報や方法論に振り回されてしまい、やる気が失せてしまい、結局は英語学習をやらなくなってしまう、というのであれば、あまりにももったいないと思うのです。

先日、「風をつかまえた少年」という本を読みました。これはアフリカ最貧国マラウィに住む14歳の少年が、モノがほとんどない中、自力で風力発電をすることによって村に電気をもたらしたという話です。彼の心の根底にあったのは「勉強がしたい」ということと「母親を助けたい」というものでした。貧しさゆえに学校すらいけなくなり、すがる思いでNPO設置の図書室へ向かったところ、風力発電に関する本に出会い、実際に行動を起こした、というストーリーです。

豊かさに恵まれた私たち日本人を再び物的欠乏状態にするのは不可能です。けれども、豊かさゆえに気力を失ってしまっては、国としての将来が危ぶまれてしまいます。「いつでもどこでも」を、真の「今ここで」にする。そして限りないチャンスを素早くとらえる行動力を身につける。そんなことがこれからは求められるのではないかと私は思っています。

(2011年1月17日)

【今週の一冊】

「大人が知らない子どもの体の不思議」榊原洋一著、講談社ブルーバックス、2008年

本書は子育て中の人にぜひ読んでもらいたい一冊。私自身、もっと早く出会っていたら子育てで悩んだことも少なかったかもしれないと思ったほどである。たとえばなぜ赤ちゃんは夜泣きをするのかといったことを、長男が乳児の時に読んでいたら、もう少し私もおおらかにとらえられていただろうと思う。ちなみに現在小3の息子は、誕生から1歳7か月まで毎晩1時間毎に夜泣きをしていた。息子本人に何らかの理由があったからなのだとは思うが、対応していた夫も私もこの時期は体力の極限まで試される日々であった。通しで朝まで寝てくれたのはたった1回だけである。

さて、本書を読んで改めて思ったのは、本書の副題にもある通り、「子どもは大人のミニチュアではない」ということ。大人なら理屈でできることを、子どもはそもそもできないのである。なぜ実行できないかと言えば、それは子どもの体自身が成長過程にあるからであり、大人と同等の機能を備えていないからということになる。

たとえばなぜ小学校低学年以下の子どもには落ち着きが見られないのか。それは脳のワーキングメモリーに由来すると本書にある。ワーキングメモリーとは簡単に説明すると、脳内にとどめておける記憶のことで、大人の場合、数十分保持できる。たとえば「あれをやって、次にこれをやって」といった課題を大人であれば頭の中に維持しながら、別のこともできる。しかし子どもの場合、ワーキングメモリーは数分しか維持できない。よって、子どもに何か注意してもすぐ忘れて同じ間違いを犯してしまうということなのだ。

子育てというのは絶対的な正解がない。また、自分の子と他人の子は違う。ゆえについ自分の経験値だけで手探りで対応しようとしてしまいがちだ。しかし、そうした親だけの力にも限界があるのだから、もっとトータルに、本書のように体の機能面からとらえることも、わが子を理解するうえでは必要なことなのだと私は感じた。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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