INTERPRETATION

第347回 情報の選択権

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

昔から活字が好きだったこともあり、自宅のポストに入るミニコミ誌やフリーペーパーなどもつい読んでいました。地元の最新情報やレシピ、コラムなど、目を通していると意外な発見や出会いがあり、それが楽しいのですね。他にもクレジットカード会社や保険会社などからの刊行物も定期的に届きます。こうした紙媒体もせっせと読んでいたのです。通訳の授業でも「フリーペーパーは情報の宝庫。ぜひ目を通して」と積極的に話していました。

ただし、これも「程度問題」なのですよね。時間があるときなら読むのも娯楽の一環となり、そこから元気をもらったりリフレッシュしたりできます。けれども私の場合、どうも性格上、「~ねばならない」モードに一旦なってしまうと、それが多大な苦痛になってしまうのです。

たとえば通訳学習を本格的に始めたころのこと。英字新聞や英字雑誌などを定期購読して英語力アップを図ろうとしました。けれども会社員生活を続けながらの勉強でしたので、勉強時間には限りがあります。自分としては何とか時間を切り詰めて学んでいたつもりではありました。でも限度があるのです。そうこうしているうちに「読まねばならない媒体物」はどんどん積み重なっていきます。床に山積みされた雑誌などは「きちんとできていない自分」の象徴です。「もっと頑張ればできるはずなのにできない自分は怠けている」「こんなはずではなかった」「あのとき現実逃避したから今こんなに時間不足になった」という具合に、自己嫌悪のフレーズがひたすら頭の中を堂々巡りしてしまったのです。

いつまでもこのような状況が続いたため、自分としてもかなり追い詰められてしまいました。そこで「時事問題を扱うそうした媒体は生鮮食料品と同じ。旬が過ぎたら捨てても良い」と割り切り、ようやく中身も見ずに処分することができました。そして定期購読も解約し、やっと呪縛から逃れることができたのです。それまでの月日は心の安定を失っていたように思います。

あれからずいぶん年月が経ったのですが、その一方で自分の性格というのはそう簡単に変わるわけでもないのでしょうね。最近もまた似たような状況に陥っていました。ポストに投げ込まれるフリーペーパーこそ堂々と捨てられるようになったのですが、郵便で「わざわざ」私宛に送られてきた定期刊行物は相変わらず「読まねば対象」と化していったのです。どうもその境目というのは「冊子としてホチキスで綴じてあるか否か」という自分でもワケのわからない基準です。そして机の上はそんな紙が山積みです。やれやれ・・・。

またもやかつての自分のような自己嫌悪モードに陥るのを避けるためには、自分なりに「開き直り基準」を設ける必要があります。そこで考え付いたのが以下の自問自答用の質問項目でした:

1.私はその情報を本当に必要としているか?

2.その情報を得たいと心から欲したがゆえに、お金を払って入手したものか?

3.それを読まないと自分の仕事や日常生活に差し支えがあるか?

このような感じです。

こう考えてみると、情報もダイエットも似ているように思います。本当にその食べ物を食べたいのか、それとも何となく口に入れようとしているのか?それを食べて幸せになりたいからこそ、あえてお金を費やしてでも入手しようとしているのか?それを食べなければ自分の仕事や生活に支障が出るのか?

このような観点から見ると、「情報」というものこそ自分のイニシアチブで選択するのが大事だと思えます。今の時代は自分からアクションを取らなくても、それこそいつでもどこでもネットから大量の情報を得られます。自分の心身が元気なときは、他人のツイッターもインスタグラムも「リア充」も気にはならないでしょう。けれどもいつも人は絶好調というわけにはいきません。それだからこそ、「情報の選択権を持つのは他でもない自分なのだ」と言い聞かせ、健全な精神状態を保ちたいと私は思っています。

(2018年3月26日)

【今週の一冊】

「ドイツこだわりパンめぐり」 見市知著、産業編集センター、2017年

過日イギリスを旅行した際、かつて滞在していた大学寮に泊まりました。ゲストステイ制度があったためです。学生たちと混ざって朝食をとっていると、論文に苦戦していた大学院時代を思い出しました。寮の食事も当時とさほど変わっていません。

寮では朝食にトーストやペストリーを選ぶことができます。食パンは白パンかライ麦パンです。私はイギリスの全粒粉パンが好きで、今回の滞在中もそればかりいただいていました。ちなみに日本でもホームベーカリーでパンを作っており、色々な粉を混ぜて作るのが日課となっています。

さて、今回ご紹介するのはドイツのパンに関する話題です。最近は日本でも輸入食材店へ行けばドイツから真空パック入りで輸入されたパンを買うことができます。色は濃い目の茶色で酸っぱめの味です。これにおかずを載せて食べるのですね。手のひらサイズながらずっしり感があり、食べると満腹になります。

本書にはドイツの各地で著者が取材したパン店が紹介されています。パンの種類もわかりやすくカラー写真で示されており、見ていて楽しめる一冊です。パン用語も充実しており、たとえばBrot(ブロート)は「250グラム以上の重さの大型パン」を指すのだそうです。

最近は売れ残ったパンを専門に売る店舗もあるようです。こうしたエコ・マインドもドイツならではなのでしょうね。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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